第213話 7月23日(……雇ったりなんか、しませんよね?)

 昔から、夏休みの課題は早々そうそうに片付けるタイプだった。

 でも、だからと言って自分が真面目だなんて思ったことはない。

 人並みに課題を面倒くさく感じていたし、剣道部だった頃なんてずっと部活だけしていたいと考えていた。

 しかし、それでも日記のたぐいを除いて、八月以降に課題が持ちこされたことはない。


 それにはちょっとした理由ノウハウがあって――高校生になった今も、活用していたりするのだけれど……対して特別なことはしていない。

 ただ、仕事や受験勉強をする彼の後ろで、半監視下に置かれながらやると、一人でするよりも捗ったというだけの話なのだった。




 キーボードを叩いていた彼がふいに「そう言えばさ」と話しかけてくる。

 手を止めて振り返ると、彼がぬるくなったアイスコーヒー片手に休憩へ入っていた。


「結局、なにするか決めたのか?」

「結局もなにも、なんの話ですか」

「アルバイトだよ」

「ああ……その話」


 ……何の話かと思えば。


 大した用件ではなかったと察して、すぐに彼へ背中を向ける。

 そして、英語のプリントへスペルを書き込みつつ「まだ、決めてません」と素っ気なく答えた。


「別に、どうしてもバイトがしたい訳でもないですしね……八月になったらてきとうに駅前の求人誌でも取りに行って、良さそうな求人がなければしないつもりです」

「……そっか」


 背中越しに、机へグラスを置く音が聞こえてくる。

 だが、キーボードに忙しなく触れるタイピングの音はしない。


(……まだ、仕事に戻ってないのかな)


 背中に視線を感じる中、ゆっくり振り返ってみると……彼が腕を組んで黙り込んでいた。


「……今、すごく余計なこと考えてません?」

「いや? ただ、知り合いでちなを雇ってくれそうな所がなかったかなって考えてた」

「十分、余計なことなんですけど……それ」


 止めようもなくため息が漏れる。

 私は再び課題へと向き直り、静かにペン先を走らせた。

 なのに――、


「やるとしたら夏休みだけの短期バイトだよな。一応受験生だし」


 ――彼はまだ、雑談お節介続けよ焼こうとしている。


(バイト先くらい一人で探せるのに……というか、見つからなくてもいいと思っていることだって伝えたのに)


 こども扱いが抜けていないのか、ただただ信用されていないのか……とにかく、彼の心遣いがだんだん鬱陶しくなっていく。

 心の奥がムカムカしてきて、気付いた時には、


「そんなに心配なら、いっそあなたの所で雇ったらいいじゃないですか」


 と、つい口を滑らせてしまった。

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