【シンデレラは踏み出せぬまま、階段の途中で成長する】

第184話 6月24日(……今の秋なら、言わないか)

 朝のHRホームルームが始まる前――、


「悪い、向坂。今日は昼休みに部長会があるんだ」


 ――と楠から聞かされた直後、隣にいた茉莉が口を開いた。


「じゃあ、今日のお昼はちなと一緒だっ!」


 嬉しそうに腕を組んでくる茉莉へ「そうだね」と返す時、つい口元が緩む。

 別に、彼氏と二人で食べるのが嫌な訳じゃない。

 けれど、最近では親友茉莉と一緒に食べる機会が減っているから……嬉しくない訳がなかった。





「ちな、学食行く? それともお弁当?」


 ランチバック片手に訊ねる茉莉へ財布を握って見せる。


「少し待ってて。購買で何か買って来るから」


 すぐに教室へ戻ってくるつもりで言ったのだが……茉莉は、ランチバックを提げたまま私の後について来た。


「なら、あたしもついていくから向こうで食べよっか」


 断る理由はない。

 親友に頷いて返し、二人で購買部へ向かった。

 すると……、



「あ! ちーちゃん先輩! 茉莉先輩! こんにちわっ!」


 ……パンを買ってすぐ、秋とばったり会う。

 私は、少し前にもこういうことがあったなと思い出しつつ「今日も部室で何かするの?」と訊いてみた。


「あっ、いえ! 今日は普通にお昼ご飯を買いに来ただけなんです」


 愛らしい桜色の財布を両手に持ったまま、秋がにこりと笑う。

 その後、彼女はきょろきょろと周りを見渡し――、


「……あれ?」


 ――首を傾げたかと思えば「あっ!」と大きな声が漏れた。


「そっか、部長会……楠先輩はそっちへ行ってるんですね」

「そうそう。だから、今日はあいつに貸し出してるちながあたしのとこへ戻ってきたわけ」


 冗談を言って悪戯っぽく笑う茉莉に「わ、わたしもちーちゃん先輩をおかりしたいですっ!」と秋が食いつく。

 きらきらと光る彼女の瞳は、まるで大好きな玩具を前にしてはしゃぐ子犬みたいだった。 


「はいはい。いつか貸し出されてあげるから……秋はまずお昼ご飯を買っておいで。その後、よかったら一緒に食べる?」

「いいんですかぁっ!」


 この『いいんですか』は『一緒にお昼を食べる?』と誘ったことに対して喜んでいるんだと信じたい。


「急いで買ってきますねっ!」


 ぱたぱたと早足になる背中を見送り、


「……今の、失言だった?」


 そう茉莉へ話を振ると「まあ、いいんじゃない?」なんて軽い言葉が返って来た。


「きっと、もっとちなと一緒にいたいんでしょ?」

「それだけなら、いいんだけどね……」


 冗談で言った貸し出しを理由に――部活へ戻ってほしい、なんて言われないかと……思わず、考えてしまった。

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