第183話 6月23日(カフェラテは牛乳が入ってるし……セーフ?)

 まるでモデルのようにずらりと並び立つ缶やペットボトル飲料の中から柑橘系オレンジジュースを選ぶ。

 『つめたい』と書かれたボタンを押した直後、すまし顔で並んでいた缶は高い踵ヒールが折れたみたいに転がり落ちてきた。


 「珍しいな」なんて声が聞こえて来たのは、缶のプルタブを起こした時だ。

 『一体何が珍しいの?』と振り返ってみれば、楠がお茶を片手に突っ立っていた。


「……何?」

「いや、向坂が珈琲以外のモノを買ってるの、久しぶりに見た気がしてさ」

「……そう? まあ、そうかもね」


 自販機の傍に備え付けられたベンチへ腰かけて脚を組む。

 オレンジジュースの甘い酸味は嫌いじゃないけど……コレを飲みながらベンチでほっと一息――というのは、何かひどい違和感を抱いてしまった。

 思わず、眉間に深いしわが寄る。


「……なんていうか、今日からしばらく珈琲はいいかなって」


 溜息交じりに呟いた途端「えっ!?」という風船を破裂させたような声が聞こえた。

 静かに声のした方を睨みつけると……楠が私から告白された時と似たような顔になっている。

 ……そこまで驚くことだろうか?


「……楠って、私のことを珈琲依存者カフェインジャンキーか何かだと思ってない?」

「俺はそこまでは言わないけど……でもまあ、周りからそう思われても仕方ないくらいに愛飲してたのは知ってるよ」

「……愛飲ね」

「実際、好きだろ? 珈琲」


 そう訊かれてすぐ、私は「ふんっ」と鼻を鳴らして手に持つミカンの絵がプリントされた缶と見つめ合った。

 ……別に飲まなくたって死ぬ訳じゃない。


「…………っ!」


 勢いよく缶を呷り、中身がなくなった瞬間ゴミ箱へ捨てた。

 すると、一連の荒っぽい行動を見ていた楠は「何かあったのか?」なんて訊いてくる。


「向坂が珈琲断ちをするなんて……俺にはよっぽどのことに思えるんだけど?」

「大げさ。今は珈琲の顔も見たくないってだけだから」

「……珈琲の顔?」


 首を傾げる楠へ、何がそんなに引っかかったのかと首を傾げ返す。


「ただの比喩でしょ。通じなかった?」

「いや……そうじゃなくてさ。なんて言うかさ」


 言いよどむ楠は、それでも言葉を探しつつ――、


「顔も見たくないってくらいに誰かと喧嘩したのかなって、思っただけなんだ」


 ――いつかのように、少しだけ私の中へ踏み込んで来た。


「……別に、喧嘩なんて言う程、大げさなことじゃないから」


 口内へ残った柑橘類の甘さが妙に気になる。

 しばらくは飲まないと決めた端から……珈琲の苦さが恋しくなっていた。

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