【両想いに遠い日々へソプラノで叫べ】
第167話 6月7日(ん、新しいのだ……)
昨日は夜から雨が降ったため、ランニングは休みだった。
つまり、新しいランニングシューズを履いて走るのは今日が初めてだ。
「……よし」
靴の踵をぐっぐっと踏みながら満足して頷く。
ランニング用ということで値は張ったが……学校指定の運動靴とは履き心地がまるで違った。
別段、靴が軽い訳ではないのだが、クッションのおかげか地面を蹴りあげる瞬間に足が重たく感じない。
走り出してしまえば、自然に足が前へ前へと送り出されていく感覚があった。
大げさかもしれないけど……靴が変わっただけで、足に電動アシスト機能でもついた気分だ。
うん、悪くない。
結んだ唇に自然と笑みが滲む。
私はどこか浮かれつつ「いってきます」と告げて玄関を出た。
◆
(……少し、早く家を出すぎたかな)
靴を新調したくらいで浮かれ過ぎだと、自分に呆れる。
けれど、思えば剣道部員だった頃もなにか道具を新調するたびに気分が上向きになっていたような……。
(案外、そういう性分なのかな)
黙々と脚の腱を伸ばしていると、少々遅れて彼が現れた。
「悪い、ちょっと待たせたっ」
「いえ、そんなに待ってないので……大丈夫です」
謝罪を軽く受け流し、いつの間にか
そして、立ち止まってから『いつでも走れますよ』と彼を見た途端――、
「……ちな? 今日、何かいいことあったのか?」
――そんな質問が飛んできた。
「……別に。そんなつもりはないですけど」
「……そうか?」
反射的に否定してしまったが……首を傾げる彼は私の言葉に納得していない様子だ。
私は彼から目線を逸らして電柱と見つめ合う。
しかし、準備運動のつもりか、屈伸を始めて視線が低くなった彼は、
「あっ……」
と呟くなり、新しいランニングシューズに気付いた。
「靴が……なんかカッコよくなってるな」
「……ええ、まあ。いつまでも学校指定の運動靴じゃなんですから」
素っ気なく答えた直後に『だから機嫌がよかったのか』みたいなことを言われたら、置いて行ってやろうと決める。
しかし――、
「いいと思う。でも、結構高かったんじゃないか?」
「…………」
――今更、そんなことでからかっては来ないということを……本当はわかり切っていた。
「安くはなかったですね。だから、今回買ったのも一足だけです。本当は洗い替え用とかに二足欲しかったんですけど……」
彼は『いつか二足目を買いたい』と話す私を見つめて……ただ「そうか。なるほどな」と頷いてみせた。
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