第162話 6月2日(デートに……なるのかな?)

「……しまった」


 授業が始まる直前、グラウンドへ出ようとした私は空の靴箱を前に呆然としていた。


「ちな? どうしたの?」

運動靴グラウンドシューズ、家に忘れたの」


 直後、茉莉は首を傾げて見せ「家に?」とこぼす。


「あれって基本的に置きっぱなしじゃない? 洗濯しようとして持って帰ってたとか?」

「そうじゃなくて。今、夜に走る時はあの靴履いてるの。だから毎日持って帰ってたんだけど……」

「今日に限って忘れたと」


 私は茉莉に頷いて返しながら、空っぽの靴箱を閉じた。


「とりあえず、先に行ってて。私、先生の所に行ってみる。確か、貸出用の靴がいくつかあったはずだから」

「わかった。じゃあ、また後でね」

「ん、後で……」


 茉莉の背中を見送っている最中、つい溜息が出てしまう。

 夜のランニングを始めて、もうじき二週間だ。

 いつかこんな失敗をするんじゃないかと思っていたが、案外早くにやらかしてしまった。

 再発防止のためにも、そろそろランニングシューズを買いに行った方がいいかもしれない。


 週末にでもスポーツ用品店を探し、覗いてみようと考えつつ私は校舎へと戻った。



「おすすめのスポーツ用品店か」

「そう、近場でいいとこ知らない?」


 昼休み。ランニングシューズを買うのに良いお店はないかと、楠へ訊ねてみた。

 すると、楠はあごに指を添えてから「あそこは知ってる?」と前置く。


「……どこ?」

「学校の近くにある商店街の――ああ、向坂が使ってる通学路の反対方向にあるんだけど」


 首を横に振ると、楠は「なら、そこがおすすめだよ」と微笑んだ。


「商店街……あるのは知ってたけど」

「行ったことはない?」

「うん。そのお店って、わかりやすい場所にある?」

「そうだなぁ……商店街自体は一本道だし、いけばわかるとも思うんだけど」


 楠は私を見つめたかと思えば静かに間を置き――、


「よかったら、一緒に行かないか?」


 ――そう言って、照れくさそうに私を誘った。


「それは――いいけど……いいの?」


 私にとって、ランニングは趣味みたいなものだ。

 なのに、わざわざ楠を付き合わせるのは申し訳ない。

 それに……もし、二人で靴を見に行くのだとしたら――デートになるのではないだろうか。

 そんなことを考える私とは裏腹に楠は、


「俺もワックスがなくなりかけてたし、新しいスパイクも見に行きたかったから丁度いいよ」


 なんて言ってから、また笑った。


「……そう? なら、お願い」


 こうして私達は週末に――意図せず初デートをする運びとなった。

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