第161話 6月1日(彩弓さん、今日は家に来るかな……?)/『比べちゃだめだよ?』

 傘が雨に打たれる音を聞きながら『今夜は走れそうにないな』と考える。

 今日は学校から駅へ向うまでの道が浅い川になる程の大雨だった。


「……楠は、今頃は室内練かな」


 楠との交際がはじまって三日目……正直、恋人らしい出来事がまるでない。

 元々はしない前提での交際だったし、楠も部活に集中しないといけないから問題はないのだけれど……まるで何も変化がないというのは問題だ。


(私が部活をやめてなければ、帰る時間を合わせて一緒に下校したりできたんだろうけど……)


 そんなことを思った直後に『いや、違う』と自分へ言い聞かせた。

 部活を続けていれば、そもそも彼と付き合うなんてことにはならなかっただろう。


「はぁ……」


 思わず溜息が出る。

 焦る必要はないけど、何もしなくていいと言うことにもならない。

 私は『普通、恋人同士って何をして過ごせばいいんだろう』と考えて歩き……知らぬ間に、彼と彩弓さんの姿を思い浮かべていた。


「……二人みたいになれる気がしないなぁ」


 ぽつりとこぼした独り言が雨音の中に溶けていく。

 音もなく溜息がこぼれた後、私は肩にかけた鞄を背負い直した。







 『私のことを いちばん 大切にしてくれる人じゃないと、好きになれない』


 子供じみた……と言うよりも、お姫様と王子様のハッピーエンドに憧れる少女のような恋愛観を私は未だに捨てれずにいる。


 なんて書けばも読めるが、実際は独占欲と依存心がちょっと強いだけだ。


『理想が高い訳じゃないのに、相手に求めるものが漠然としていて『恋』ができなさそうだよね、彩弓は』


 なんてことを学生時代に仲の良かった先輩から言われもした。

 けれど、そんな私でも彼とはうまくいきそうな気がしていたのだ。

 まあ、最終的に彼の『いちばん大切』が自分ではないのだと気付いてしまったのだけれど……。


 だから――、


「あの、彩弓さんと彼って学生時代はどんな風に付き合っていたんですか? その……参考にしたくて」


 ――私が抱く理想の恋愛……彼からいちばん大切にされているちーちゃんがそんなことを訊いて来た時は、つい笑ってしまった。


「私と彼との付き合い方なんて、参考にならないと思うよ? 少女漫画フィクションを参考にした方がマシってくらいにね」


 ちーちゃんの唇が拗ねたように尖る。

 それから私は彼女の瞳を見つめ――、


「でも、忠告はしといてあげる……恋人になったなら、絶対に楠くんと彼を比べちゃだめだよ?」


 ――なんて思わせぶりに言って聴かせた。

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