第161話 6月1日(彩弓さん、今日は家に来るかな……?)/『比べちゃだめだよ?』
傘が雨に打たれる音を聞きながら『今夜は走れそうにないな』と考える。
今日は学校から駅へ向うまでの道が浅い川になる程の大雨だった。
「……楠は、今頃は室内練かな」
楠との交際がはじまって三日目……正直、恋人らしい出来事がまるでない。
元々そういうことはしない前提での交際だったし、楠も部活に集中しないといけないから問題はないのだけれど……まるで何も変化がないというのは問題だ。
(私が部活をやめてなければ、帰る時間を合わせて一緒に下校したりできたんだろうけど……)
そんなことを思った直後に『いや、違う』と自分へ言い聞かせた。
部活を続けていれば、そもそも彼と付き合うなんてことにはならなかっただろう。
「はぁ……」
思わず溜息が出る。
焦る必要はないけど、何もしなくていいと言うことにもならない。
私は『普通、恋人同士って何をして過ごせばいいんだろう』と考えて歩き……知らぬ間に、彼と彩弓さんの姿を思い浮かべていた。
「……二人みたいになれる気がしないなぁ」
ぽつりとこぼした独り言が雨音の中に溶けていく。
音もなく溜息がこぼれた後、私は肩にかけた鞄を背負い直した。
◆
『私のことを いちばん 大切にしてくれる人じゃないと、好きになれない』
子供じみた……と言うよりも、お姫様と王子様のハッピーエンドに憧れる少女のような恋愛観を私は未だに捨てれずにいる。
なんて書けば可愛くも読めるが、実際は独占欲と依存心がちょっと強いだけだ。
『理想が高い訳じゃないのに、相手に求めるものが漠然としていて『恋』ができなさそうだよね、彩弓は』
なんてことを学生時代に仲の良かった先輩から言われもした。
けれど、そんな私でも彼とはうまくいきそうな気がしていたのだ。
まあ、最終的に彼の『いちばん大切』が自分ではないのだと気付いてしまったのだけれど……。
だから――、
「あの、彩弓さんと彼って学生時代はどんな風に付き合っていたんですか? その……参考にしたくて」
――私が抱く理想の恋愛……彼からいちばん大切にされているちーちゃんがそんなことを訊いて来た時は、つい笑ってしまった。
「私と彼との付き合い方なんて、参考にならないと思うよ?
ちーちゃんの唇が拗ねたように尖る。
それから私は彼女の瞳を見つめ――、
「でも、忠告はしといてあげる……恋人になったなら、絶対に楠くんと彼を比べちゃだめだよ?」
――なんて思わせぶりに言って聴かせた。
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