第159話 5月30日(思ってたよりはこそばゆいな、こういうの……)
『今日、会える?』
そんな短い一言が、私から楠へ送るの初めてのメッセージだった。
しばらくもせず画面に既読の文字が現れ、液晶と見つめ合う。
『部活が終わった後でもいいなら会える』
『けど、遅くなるぞ?』
それでもいいか? と訊ねる文章には夜を指すのであろう絵文字が添えられていた。
迷わず『いいよ』と返す。
そして、何時頃にどこで待ち合わせをしようかと考え始めると――、
『今日じゃなきゃ、だめなんだよな?』
――そんなメッセージが届いて、一瞬考える時間ができた。
明日でも楠と会うことはできる。
一緒に昼食を食べた後、改めて話すこともできるだろう。
でも……。
『うん。今日がいい』
そんな
◆
『部活が終わった後、会えるのは21時過ぎになる』
そう言った楠は待ち合わせ場所を私の家から近い最寄り駅にしようと提案してきた。
しかし、楠の家と私の家は逆方向だ。
遠回りになるし、通学定期も使えない。
だから、学校の最寄駅まで行くと言ったのだが……楠は譲らなかった。
たぶん、心配してくれているのだと思う。
そして、こそばゆい想いを胸に抱えながら私は待ち合わせ場所まで行き……大きな部活鞄を背負って現れた楠に「大事な話があるの」と前置いてから話し始めた。
「私達、付き合ってみない? 恋人として」
直後、どこか険しい表情をしていた楠の顔が驚きに染まっていく。
しかし「はあぁ……」と深い溜息を吐いた途端、楠はしゃがみ込み「よかったぁ……」なんて口にした。
「俺、てっきり振られるんだと思ってた」
大きな体を丸め、心底安堵した声で言う姿につい口元が緩む。
「なにそれ……振られると思ってたのに、わざわざ来たの?」
野球部で心身ともに疲れ切った後だろうに……一体、どんな想いで電車に乗っていたんだか。
私は楠の隣へ同じように座り込み、その顔を覗いた。
すると、楠は恥ずかしそうに目線を逸らしながら「でも、なんで急に?」と訊ねてくる。
「俺、大会が終わったら自分から言うつもりで――ていうか、向坂から付き合おうとか、想像もしなかった」
「私もはじめはそのつもりだった。大会が終わるまで考える時間があるって……でも、付き合ってみて初めて見せてもらえる顔とか見せられる顔があるって思ったから――だから、これは楠と真剣に向き合うために。必要なことなの」
真剣な声色で答える私に楠は、
「そういう面倒な所、なんか向坂らしいよ」
そう言って笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます