第124話 4月25日(はぁ……何言ってるんだか)

「ねぇ、二人っていつもこんな陰気な遊びしてるの?」


 読んでいた本から顔をあげると、彩弓さんの眉間に深いしわが刻まれていた。


「……いつもって訳じゃないですけど」

「ていうか、なんで今日も来てるんですか?」


 本を開いたまま茉莉が拗ねた声で訊ねる。

 すると、彩弓さんは提げていたレジ袋から菓子を取り出して答えた。


「だって、私も今日休みだし」

「答えになってませんよ、それ」


 茉莉の呆れた眼差しが彩弓さんへと注がれる。

 しかし、彩弓さんは全く気にしない。

 そして、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて茉莉の隣へ座った。


「で? 九条ちゃんは何読んでるの?」

「ちょっ――」


 本を覗き込まれた瞬間、茉莉から短い悲鳴があがる。


「――勝手に覗き込まないでください」

「だって、気になったんだもん」

「……陰気とか言ったくせに」

「んー……?」


 彩弓さんは開かれたページを一瞥し「ふむ?」と頷くなり――、


「……よっ」

「あぁっ!」


 ――勝手にページを閉じて、表紙が見えるようひっくり返してしまった。


「あ、やっぱり! 見覚えあるなぁって思ったんだよね」

「やっぱりじゃないですって! ページ、わかんなくなっちゃうじゃないですか!」


 茉莉の口から火をつけた花火みたいに勢いよく文句が飛び出す。

 だが、


「そんなに怒んないでよ。256ページでしょ?」


 言われたページを開いて見るなり、茉莉はジュッと火が消えたみたいに静まった。


「それで? ちーちゃんは?」


 余計なことをされては堪らない。

 自ら差し出すように、さっと背表紙を向けて見せる。

 けれど、


「ん?」


 タイトルを見てすぐ、彩弓さんは怪訝な表情になった。


「なんか……ちーちゃんの趣味っぽくないね?」


 彩弓さんが首を傾げた瞬間――どきりと、心臓に杭が埋まる。

 今読んでるものは以前、彼から『読んでみるか?』と勧められた本であることを思い出した。


「えっと……それは――」


 どう答えたものかと迷う。

 でも、上手い言い訳が即座に出てくる性格でもない。

 それに、長いを置いても勘繰られるだけだと考え、


「――コレ、彼に無理やり勧められた本なので……」


 そう、答えたのだが……。


「……へぇ?」


 彩弓さんが、急にニヤニヤとほくそ笑み始めた。


「つまり、好きな人の読んでた本だから……読みたくなっちゃったんだ?」


 直後、何故か茉莉から「なっ!?」という膨らんだ風船を針で突いたような声があがる。

 私は深い溜息を吐きつつ、


「そんな訳ないでしょ」


 と、わざとらしい誤解を否定した。


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