第85話 3月17日(……また手伝ってあげたほうがいいのかな?)

 『今から来て♪』

 『場所はあいつの家ね!』


 ……家が近いのは不便だ。

 だって『会おうと思えば会えてしまう』から、こういう時、理由がないと断りづらい。


「…………」


 ダメ元で『明日も学校があるんですが』と打ち込む。

 すると『じゃあ、早く来て早く帰らなきゃね!』なんて返事が来た。


「……はぁ」


 春先用のカーディガンを羽織り、まだ少し肌寒い外へと踏み出す。


(朝は寒かったけど……ずいぶんマシかな。それに、まあ……すぐそこだしね)


 家が近いと便利なこともある。

 しかし……近すぎるというのはやはり様々な問題を抱えるのだ。



 ラフな格好の彩弓さんに出迎えられてすぐ――、


「ねぇ、温かい珈琲淹れてあげて!」

「お構いなく…………?」


 ――視界に、畳まれた来客用の布団一式が飛び込んで来た。


 一瞬、『彩弓さん、今日は泊るつもりなのかな?』と考える。

 だが、しばらくもせず妙な違和感を覚えた。


 誰か泊るから布団を敷く。

 これはいい。

 でも、のはおかしな気がした。

 だって、布団を畳んでいるということは……使ということじゃないか?


「……」


 ラフな――いや、ゆったりとした部屋着姿の彩弓さんに目線を移す。


(あれ、間違いなく彩弓さんの服だよね?)


 それから、もしやと思って部屋を見渡すと――、


(……やっぱり)


 ――ハンガーにかけられたレディーススーツを見つけた。

 直後、私は溜息をこぼして目前の容疑者めんどくさがりに問いかける。


「……そろそろ、彩弓さんが引っ越してきて二週間でしたっけ?」

「んー? そうだね。もうそろそろね……それが、どうかした?」


 ぼんやり答えた彩弓さんに、私は『まさか』と思いつつ続けて訊ねた。


「あの……彩弓さん、最近いつ自分の家に帰りました?」


 びくりと、彼女の肩が震える。


「な、なんで?」

「いえ……ひょっとして、まだ荷解き全部終わってないんじゃないですか?」

「えっ? ど、どうしてわかるの?」


 驚く彩弓さんを見て、つい呆れてしまう。


 思えば、近くに越してきたのにバレンタインチョコを彼の家で作りたがったのも変だった。

 今日の呼び出しが彼の家なのも変だ。

 普段の彩弓さんなら『二人は私の家に集合』くらい言う。


 大方、最初は頑張って部屋を片付けていたが彼の家へ避難する内にめんどくさくなり、最低限の衣類だけ引っ張り出して半同棲生活開始……そんな所だろう。


「はぁ……簡単な推理あなたがずぼらなだけですよ、彩弓さん」


 呆れる私を他所に、彩弓さんはひどく感心した様子だった。

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