第60話 2月20日(……こんなに楽しみになるなんて)
歴史の教科書とにらみ合いながら、ルーズリーフへ一門一答を箇条書きにしていく。
赤く下線していた部分を重点的に五十問ばかり書き終えた頃、スマホの通知音が聞こえた。
ちらりと画面へ視線を投げると、通知欄に送信者である『彩弓さん』の名前が躍る。
直後、筆記用具をスマホに持ち替え――気付いた時にはアプリが開いていた。
まず目に飛び込んで来たのは腕組みしながら首を傾げる猫が添えられた一文――、
『ちーちゃん、3月7日って会える?』
――私はすぐ卓上カレンダーを確認する。
三月七日は、ちょうど期末テストが終わった直後の日曜日だった。
『大丈夫です』
『期末テストも終わった後ですし』
手早く返信を打ち込むと、一瞬で既読が表示される。
しかし、
『期末テスト……』
『そっか、高校生だもんね』
『そりゃそうだよね……』
彩弓さんの返事にはどこか悲壮感が漂っていた。
首を傾げながら『?』とだけ送信する。
『気にしないで』
『懐かしい単語を見てノスタルジーに浸ってただけだから』
その後、彩弓さんは何故か悲し気な犬のイラストを挿んでから本題に入った。
『二人でバレンタインのケーキ作らない?』
『もちろん、材料は私持ち』
『朝から作って、その日の内にあいつに渡してやろうぜ♪』
『ホワイトデーまで一週間しかないからね』
『あいつのわたわたする姿が目に浮かぶよ』
連投された短文に続き、角の生えた可愛らしい悪魔が「ククク」と笑う。
今、きっと彩弓さんも悪そうな笑みを浮かべているに違いない。
私は想像した彼女の笑顔につられて口元を緩めながら『いいですね』と送信した。
『じゃあ、3月7日に』
でも、続けて了承する文章を送ってから「あっ――」と気付く。
『ところで、場所はどこでやるんですか?』
ふと浮かんだ疑問を打ち込んだのも束の間――、
『あいつの家』
――思わず「えっ?」と声が漏れた。
『一応、バレンタインのチョコなんですよね?』
『作ってる所、彼に見せるんですか?』
脳内に、
けれど『わざわざ舞台裏を見せなくてもいいんじゃ?』なんて迷いは、
『見せる!』
『いや、見せつける!』
『遅刻したチョコだからホワイトデーは三割減な! みたいな文句は言わせない!』
彩弓さんの答えを見た途端に消えてしまった。
むしろ、楽しいとさえ思い始める私がいる。
『わかりました』
『絶対、文句言わせないものを作りましょう』
私は唇をきつく結び直し、再びルーズリーフへと向かい合った。
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