【St.Valentineにお気の毒】

第48話 2月8日(……昨日見た映画のせいかな?)

「なんなのあの人っ!」


 昼休みにお弁当を広げるや、昨日から続く茉莉の鬱憤うっぷん爆発した。


「……もちろん、彩弓さんのことだよね?」

「当たり前でしょ! 自分の彼氏ほったらかしにしてベタベタベタベタッ!」


 彼女は、ひょいひょいとおかずを口に放り込むなりお茶で流し込んでいく。

 そして、口元を拭った途端、


「ちなもっ!」


 と、私にも怒りだした。


「な、なに……?」

「あたし! 彩弓さんがちなにあんな感じだなんて聞いてなかったんだけどっ」

「……そう?」

「そうだよっ! なに、あれ! あんなの恋人の周りをちょろちょろする女に取る態度じゃないじゃんっ!」


 鼻息荒く言い切ると、茉莉は忙しなく弁当をかきこんでいく。

 口元に彼女の前髪が垂れ、髪の毛まで食べるんじゃないかとハラハラした。

 こんな風になる茉莉は珍しく、ちらほらと級友の視線も集まり出す中、


「荒れてんなぁ、九条……」


 楠がパック牛乳片手に、茉莉へと声を掛ける。


「うわ……楠まで来た」

「……って何だよ」

「別に? てか、荒れてるとか見ればわかるでしょ。そうやってあたしを出汁にちなに話し掛けるのやめてくれない?」


 茉莉が行儀悪く、箸を掴んだ手で犬でも追い払うように『しっしっ』とした直後、楠の顔は赤くなった。


「なっ――だ、出汁になんかしてねぇし!」

「はっ! どーだか」


 茉莉は食べ終わった弁当箱にフタをすると、ランチクロスで包んでしゅるしゅると結ぶ。

 その後、彼女はお弁当を雑にカバンへとしまうと、私の肩を抱き寄せて叫んだ。


「言っとくけど! バレンタイン前だからって、そんな努力しても無駄だから! ちょっと仲良くなったし、もしかしたら――なんて考えてるのかもしれな、い……け、ど?」


 だが、茉莉の声は尻すぼみに小さくなり、


「お、おう……」


 楠は顔を赤くしたまま腕で口元を隠すと、


「俺、もう行くわ、邪魔したなっ」


 それだけ言って自分の席へ戻っていく。


「……」

「……ちな?」


 気付いた時には、茉莉の首がゆっくりとこっちを向いていた。

 ゆらりともたげた頭から、長い黒髪が垂れる姿は映画の貞子さながらだ。


「まさか、楠にチョコあげる約束とか……してないよね?」

「…………お、怒ってる?」


 ごくんと唾を飲み込む。

 すると、茉莉はにこりと笑いながら私をぎゅっと抱き締め……抱き締め続け、


「ま、茉莉? これ、わりと苦しい……」


 そう訴えても聞く耳を持たず、


「…………なんで、そういうことになったの?」


 と、人を呪えそうな声でささやいた。

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