第21話 1月12日(そんなに嬉しかったのかな?)

 休み時間の度にビーズと戯れ、放課後が来るなりブローチ作りを再開する。

 愛嬌のない空間にラインストーンを貼り付け隙間が埋まり切ると、細い溜息が漏れた。


 集中していると時間の流れが早く、心なしか部活に励む外の音も前より気にならない。

 このまま制作を続けるなら温かい珈琲がほしいなと思い始めた時、


「今日ずっとソレ作ってるよな」


 ふいに話しかけられて振り返ると、部活鞄エナメルバッグを肩に掛ける背の高い男子――くすのきが立っていた。


「それ、ビーズ?」

「……うん。茉莉に頼まれて」

九条くじょうに?」


 と茉莉によく揶揄される声が出る。

 でも、楠は微妙な声色の変化など気にせず手元を覗き込んできた。


「結構巧いんだな」

「そう?」


 完成品をよけ、次の制作に取り掛かっても楠の視線は外れない。

 そこで、


「ほしいの? コレ」


 と、さっき出来上がった物を見せる。


「え? あっ! そんなつもりじゃ……」


 上背のある男子が照れ始めたのがおもしろく、作った物へ熱い視線を注がれたのも悪い気はしなかった。

 だからだろうか?


「一つ持ってく?」


 気付けば子犬の里親を見つけたような心持ちでブローチを差し出していた。


「いいのか? 九条に頼まれてんだろ?」

「別に。まだいっぱい作るし、何個かもらえることになってるから。だから、いいよ?」


 こてんと首を傾げて言うと、楠が照れくさそうに受け取る。


「……ありがとな」

「うん」


 そして、また制作に戻ろうとした時――ぎゅっとブローチを握りしめた楠が何か決心したように切り出した。


「あのさ! 次の日曜、空いてる?」

「日曜? なんで?」


 訊ね返した直後、前のめっていた楠の体が半歩引いていく。


「いや、遊びに誘ったつもり……なんだけど」

「ああ……ごめん。日曜は予定があって――」


 この一瞬、脳内で何故自分が誘われたのかという連想ゲームが始まり、ふと茉莉の顔が浮かんだ。


「――茉莉なら、空いてるかもしれないけど?」

「……何でそこで九条が出てくんだよ?」


 予想外の反応に再度、無言で首を傾げてしまう。

 すると、


「いや、予定があるならいいんだ。またいつか誘うよ」

「そう?」


 特に返答は必要なかったらしく、楠は部活鞄を担ぎ直した。


「じゃ、また。ビーズありがとな。大切にする」

「ああ、うん」


 その時、重たそうな鞄に使い込まれた傷や汚れが見えて、


「……部活、がんばって」


 つい、そんな言葉が漏れる。


「おうっ!」


 心底嬉しそうな楠の眩しい笑顔に、私は何がそんなに嬉しかったのかと三度みたび首を傾げた。

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