第13話 1月4日(あなたは……もう、)

 高一の時、彼と話す時は敬語を使うと決めた。

 でもそれは、かんたんに破れる口約束みたいなもので、油断すると幼馴染みへのくだけた言葉遣いが顔を出してしまう。

 だけど、彼女ができたと知って以降――その頻度はぐっと減らした。


 今思えば、きっと私は背伸びがしたかったんだ。



 玄関で出迎えられた直後、少し遅れた年始の挨拶を二人で交わすと、


「今年はもう来ないのかと思ったよ」


 彼はどこかほっとしたような言葉を添えて、私を家の中に招いた。




「珈琲、もらっていい?」

「もちろん」


 リビングへ通されてすぐ、食器棚の高い所からコチラを覗いていたグラスをさらった。

 冷蔵庫で寝ていたボトル珈琲を起こすと、ガラス容器が真っ黒になるまで注ぐ。


「よし」


 口の滑りが良くなれば、彼女の名前だって訊ける気がした。

 潤滑油代わりの珈琲を、こぼさないよう喉の奥へ流し込む。


 しかし、


「ほら」

「何、コレ?」


 ふいに小さなポチ袋を手渡され、湿った口を衝いて出たのは不愛想な応答だった。


「何って、お年玉だろ」

「は? いりません。子どもじゃあるまいし」


 見守るような優しい眼差しで、静かに見下ろされる。

 それが、まるで頭でも撫でられているようで、とても不快だった。


「こっちは社会人だし、遠慮するな」

「遠慮してない」

「十八まではあげるって決めてたんだが」

「勝手に決めないで」


 私の気持ちなんて構いもしないで……本当に、こんなの突っぱねてやりたい。

 けれど、


「……十八までって、本当?」

「ああ」

「来年からはなし?」

「そうなるな」

「絶対?」

「……絶対」


 こんな施しは今年までと、言質を取った時点で落としどころと思うことにした。


「わかりました。そういうことなら」


 だけど、ポチ袋を握りしめた途端、


『今年で終わるから、何なの?』


 そんな言葉が脳裏を過る。


 十八になれば……大人になれば、彼の見方が変わるとでも?


(……ない)


 いつまでも私は、彼にとって子どものままだ。

 少し背が伸びたくらいで、それは変わらない。


 きっと彼は、ずっと優しい。

 でもそれは、彼が私のモノだからじゃない。

 彼の目に映る私が、幼いままだからだと気付いた。


 もう、勘違いしてはいられない。


 私は、彼の恋人の顔を知っている、声も知っている。

 名前を知らないだけで、どんな時間を一緒に過ごしているのかも、知っている。


 彼が、誰かのものになっている姿が……かんたんに想像できてしまう。


 だからもう、私は……彼を、自分のモノだとは思えなくなってしまった。

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