第13話 1月4日(あなたは……もう、)
高一の時、彼と話す時は敬語を使うと決めた。
でもそれは、かんたんに破れる口約束みたいなもので、油断すると幼馴染みへのくだけた言葉遣いが顔を出してしまう。
だけど、彼女ができたと知って以降――その頻度はぐっと減らした。
今思えば、きっと私は背伸びがしたかったんだ。
◇
玄関で出迎えられた直後、少し遅れた年始の挨拶を二人で交わすと、
「今年はもう来ないのかと思ったよ」
彼はどこかほっとしたような言葉を添えて、私を家の中に招いた。
「珈琲、もらっていい?」
「もちろん」
リビングへ通されてすぐ、食器棚の高い所からコチラを覗いていたグラスを
冷蔵庫で寝ていたボトル珈琲を起こすと、ガラス容器が真っ黒になるまで注ぐ。
「よし」
口の滑りが良くなれば、彼女の名前だって訊ける気がした。
潤滑油代わりの珈琲を、こぼさないよう喉の奥へ流し込む。
しかし、
「ほら」
「何、コレ?」
ふいに小さなポチ袋を手渡され、湿った口を衝いて出たのは不愛想な応答だった。
「何って、お年玉だろ」
「は? いりません。子どもじゃあるまいし」
見守るような優しい眼差しで、静かに見下ろされる。
それが、まるで頭でも撫でられているようで、とても不快だった。
「こっちは社会人だし、遠慮するな」
「遠慮してない」
「十八まではあげるって決めてたんだが」
「勝手に決めないで」
私の気持ちなんて構いもしないで……本当に、こんなの突っぱねてやりたい。
けれど、
「……十八までって、本当?」
「ああ」
「来年からはなし?」
「そうなるな」
「絶対?」
「……絶対」
こんな施しは今年までと、言質を取った時点で落としどころと思うことにした。
「わかりました。そういうことなら」
だけど、ポチ袋を握りしめた途端、
『今年で終わるから、何なの?』
そんな言葉が脳裏を過る。
十八になれば……大人になれば、彼の見方が変わるとでも?
(……ない)
いつまでも私は、彼にとって子どものままだ。
少し背が伸びたくらいで、それは変わらない。
きっと彼は、ずっと優しい。
でもそれは、彼が私のモノだからじゃない。
彼の目に映る私が、幼いままだからだと気付いた。
もう、勘違いしてはいられない。
私は、彼の恋人の顔を知っている、声も知っている。
名前を知らないだけで、どんな時間を一緒に過ごしているのかも、知っている。
彼が、誰かのものになっている姿が……かんたんに想像できてしまう。
だからもう、私は……彼を、自分のモノだとは思えなくなってしまった。
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