26‐2.か弱い乙女の戦い方です
『ま、どれをやるにしても、TPOっちゅーもんはあるからな』
『その時々で、一番ぴったりな方法を選ぶんやでー。臨機応変にいかなあかんよー』
『でも、うちらも完璧やないからなぁ。時には選択を誤ることもあるわぁ』
『次は、そんな時の対処法を教えるわ。これも大したことはやらへんよ。簡単で、即効性があって、うちらガールズには持ってこいな方法や』
と、ケルベロスのお姉様方は、にんまりと口角を持ち上げます。
『その名もずばり、便乗作戦、やな』
便乗作戦?
いまいちピンとこない作戦名に、わたくしは小首を傾げました。
『要は、誰かしらが怒鳴ったり、助けを求めたり、痛がったりしたら、周りにいる子がすかさず乗っかるんや。ちょっとあんたら、具体例見せたって』
はーい、とお姉様が二名、また前へ出てきます。
『止めろ言うてるのが聞こえへんのかぁっ! えぇ加減にしぃやアホンダラァッ!』
『どうしたーん? めっちゃ怒っとるけど、何かあったーん?』
『ちょっと聞いてやぁっ。こいつ、うちの尻尾無断で引っ張ってきたんやでぇっ? 酷なぁいっ?』
『はぁーっ!? ちょっとあんたーっ、うちの妹なに虐めてくれとんねんコラァーッ!』
『ほんまふざけんなやぁっ! こっちが優しい顔しとったら付け上がりおってぇっ!』
『そうやそうやーっ! 調子乗ってんやないでーっ! このドブカスがーっ!』
ぽんぽん飛び交う言葉と増す勢いに、思わず、おぉ、と声を零してしまいました。
『こんな感じで、ふたり掛かりで吠えるんや。なんなら、もっと集まってもえぇよ』
『いっそここにいる全員で取り囲んだら、相手めっちゃビビるやろうなー』
『それもえぇなぁ。あ、でも手ぇ出したらあかんでぇ。あくまで脅すだけやからなぁ』
きゃらきゃらと声を上げて、お姉様方は笑います。
『因みに、助けてバージョンは、こんな感じや』
『うわぁぁぁぁぁーんっ! 誰か助けてぇぇぇぇぇーっ!』
『どうしたんやぁ? そんな泣いて、何があったぁん?』
『う、うち、この人に意地悪されてーんっ!』
『えぇっ、な、なんやってぇっ!? こいつに意地悪されたやってぇっ!? 女の子相手になんて酷いことするんやっ! 信じられへんっ!』
『うー、怖かったわー。涙止まらへんわー。うち、何も悪いことしてへんのにー』
『こんな怖がらせるなんて、ほんま最低な奴やなぁっ! 見てみぃっ、めっちゃ震えとるやんっ! さっさと謝れやぁっ!』
と、泣き震えるお姉様を庇いつつ、非難めいた眼差しを向けました。
『ここで大事なんは、片方はめっちゃ怯えてて、もう片方は怯える方を守ろうとしてるっちゅー構図をしっかり見せることや』
『耳伏せてー、尻尾巻いてー、キュンキュン鳴きながら震えればー、怖がってるっぽく見えるからなー。ポーズ大事やでー』
『守る役もぉ、耳と尻尾立ててぇ、相手を睨んでればぁ、それっぽくなるわぁ。なんなら、自分も怖いけど仲間の為に頑張ってます感を出すのもありやなぁ。健気さが加わってよりえぇわぁ』
ケルベロスのお姉様方の解説に、わたくし達はふむふむと首を上下に揺らします。
『後は、痛いバージョンやな。痛いバージョンは、これや』
『あぁぁぁぁっ! 骨折れたぁぁぁぁっ! 痛ぁぁぁぁぁいっ!』
『大丈夫かーっ? しっかりしぃやーっ!』
『うぅ、尻尾の根本がめっちゃ痛いわぁ。あり得へん位痛いわぁ』
『あー、なんて可哀そうなんやろー。怖かったなー。よしよし』
『ど、どないしよう。こんな痛いなんて、可笑しいわぁ。もしかしたら、このまま一生、尻尾が不自由になるかもしれへん……っ』
『な、なんやってーっ! 一生尻尾が不自由なんて、悲劇以外のなにものでもあらへんやんかーっ! 出来ることなら、うちが変わってあげたいわーっ!』
お姉様方は互いを抱き締め、嘆き悲しみ合いました。
『この場合は、兎に角悲劇のヒロイン気取るんやで。これでもかと泣いて、嘆いて、うち悲しんでますアピールをするんや』
『恥ずかしがったらあかんよ。そんなもんかなぐり捨てて、全力で演じるんや』
『大丈夫やでぇ。女は生まれた時から女優やからなぁ。その気になれば、いくらでも周りの人間騙せるわぁ』
『もしそれらしい台詞が思い付かんかったら、取り敢えず、酷い、最低、信じられへんの三つを言っとけばどうにかなるでぇ』
『なんなら、にんじーん、とか、セロリー、とか、嫌いな食べ物の名前叫ぶんでもえぇよー』
『どうせ相手は、うちらの言葉なんか分からへんからなぁ。怒っとるでぇ、とか、悲しんどるでぇ、っちゅうのが伝わればオッケェやぁ』
きゃらきゃらと笑うお姉様方に、わたくしは感嘆の息を零しました。このような方法、よく思い付いたものです。決して難しいことではないにも関わらず、相手を無傷で退けるには非常に効果的だと分かります。
流石はケルベロスのお姉様方。だてに地獄の門番の名を博しているだけありません。
『うちらはか弱い乙女。しかもまだ子供や。力ではどうしても男に勝てへんし、大人にも勝てへん』
『だからこそ、頭を目一杯使うんやー。例え力で勝てんくとも、みすみす負けてやる義理はあらへんよー』
『可愛い女こそしたたかに、やでぇ。考え方一つで、弱点は強烈な美点にもなるからなぁ。使えるもんは何でも使うて、一泡吹かせてやるんやぁ。分かったなぁ?』
はーい、という声が、辺りに響きます。
お姉様方は、わたくし達のお顔を見回し、にっこりと微笑みました。
『んじゃ、早速練習しようか』
『まずは発声練習やー。うちらの後に続いて言ってってなー』
『ほな、いくでぇ。せぇのぉ』
わたくし達は、大きく息を吸い込みます。そうして、お姉様方が見せて下さったお手本を、全員で真似ていったのでした。
『――またきて下さいねぇー。わたくし、待っていますよぉー』
ギアァァー、と声を掛けながら、遠ざかるやんちゃ系男性五人組の背中を、柵越しにお見送りします。
今回も駄目でした。昨日一昨日よりも反応が良かったので、もしやと期待したのですが。やはり本日も、わくわくふれあい広場へ入ってきてはくれませんでした。
わたくしの口から、自ずと溜め息が零れ落ちます。
『残念でしたね、シロさん』
シルヴェスターさんが、近付いてきました。苦笑気味に目を細めています。この三日間、わたくしがあの五人組に絶えずアタックを掛けていると知っているからでしょう。そして、未だ目標を達成出来ていないということも、分かっていらっしゃるのです。だからこその反応に、わたくしも、曖昧に微笑み返しました。
『今度こそは、と思ったのですが、そう上手くはいきませんでした』
『ですが、昨日よりも大分足を止めてくれていましたよ。顔付きも柔らかくなったと言いますか、シロさんに心を許しているよう見えました。この調子でいけば、最終日までには、広場内にきてくれるんじゃないですか?』
『そう、でしょうか』
『そうですよ。でなければ、あの方々だって毎日アマフェスへ足を運ばないでしょうし、そもそもシロさんに構ったりしません』
だとよろしいのですが。
わたくしは、再度彼らが去っていった方向を眺めます。もう一つ溜め息が、はふん、と零れました。
『……あの、シロさん』
『あ、はい、何でしょうか?』
『もし、よろしければ。次は、私もご一緒させて頂いてもよろしいですか?』
え? と思わず目を見開けば、シルヴェスターさんは、穏やかに尻尾を揺らしました。
『こういうものは、ひとりでやるより、ふたりでやった方がいいでしょう? それに、私も興味があるんです。何故あの人達が、頑なにシロさんの誘いを断るのか。どうしたら、わくわくふれあい広場に入ってきてくれるのか。もし入ってきたら、一体どのような反応をするのか』
ふふ、と喉を鳴らし、ゆっくり瞬きます。
『どうでしょう? ご迷惑でなければ、私も共に勧誘をさせて頂けませんか?』
『……よろしいのですか?』
『寧ろ、お願いしているのはこちらなのですから、是非』
その言葉に、わたくしの口角が、じわじわと上がっていくのが分かります。耳と尻尾も、立ち上がりました。
『あ、ありがとうございます、シルヴェスターさん。とても心強いです』
『こちらこそ、ありがとうございます。シロさんの期待に添えられるよう、頑張ります』
にっこり微笑むシルヴェスターさんに、わたくしの笑みも一層深まりました。
シルヴェスターさんが協力して下さるのならば、あのやんちゃ系五人組も、わくわくふれあい広場に足を運んで下さるかもしれません。一回では駄目だったとしても、二回、三回と動物の子供がふたり掛かりでアタックしてくるとなれば、絆される確率も高くなるのではないでしょうか。
なんなら、ケルベロスのお姉様方やマリアンヌさん達も誘って、皆で特攻するのも面白いかもしれません。大勢の子動物に歓迎されては、流石の男性達もひとたまりもない筈です。三日連続で何度も柵の前を通り過ぎるような動物好きなら、尚更でしょうね。
己の策にひとりほくそ笑んでいると、ふと、シルヴェスターさんが、咳払いをしました。
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