25‐9.憧れの彼の方です



『皆様、お疲れ様でございますっ!』

『この後も頑張って下さいませっ!』



 子孔雀さん達は横一列に並ぶと、休憩に入ったロビン様と、騎獣体験コーナーにいらっしゃったであろう軍用孔雀さん達をお出迎えしました。ぴしりと背筋を伸ばし、黒目がちな瞳を輝かせながら、声援を送っております。



 先頭を行くロビン様は、頭の冠羽を緩やかに揺らすと、つと、目を弓なりにされました。



『ありがとう。君達もお疲れ様。きちんと休憩は取っているかい? 頑張ってくれるのは結構だけれど、決して無理をしてはいけないよ。いいね?』



 優しい口調と眼差しに、声を掛けられた子孔雀さんは、夢見心地で頷いております。分かりますよ、そのお気持ち。わたくしも同じことをされたら、きっと大した反応を返せないでしょう。

 しかも、ロビン様が通り過ぎた後、後ろに続く他の軍用孔雀さん達も、


『大丈夫? 疲れていない?』

『困ったことがあったら、すぐに言うんだよ』


 と気遣って下さるのです。天にも昇る心地とは、きっとこのようなことを指すのでしょうね。



 気遣いと言えば、子孔雀さん達も素晴らしいです。

 わたくし、最初は何故横一列に並んでいるのかと不思議に思っていたのですが、どうやらロビン様達の足を止めさせないよう、軌道に沿って立っていらっしゃるようなのです。

 加えて、一斉に話し掛けるのではなく、おひとりずつ、ロビン様達が通り掛かった所で、一言二言のみ、というスタイルを取っています。お疲れであろうロビン様達のお手間を取らせないように、という配慮と、ほんの少しだけでも応援させて頂きたい、という乙女心からの行動でしょう。




 最後尾に並びながら、わたくしは子孔雀さん達の様子を窺います。どのようなことをおっしゃっているのかや、どの程度の長さのお話ならば問題ないかなど、参考にさせて頂きました。

 段々と近付いてくるロビン様率いる華やかな集団に、心臓が早鳴っていきます。自ずとお尻が、そわそわと揺れてしまいました。叫び出しそうな思いをぐっと噛み殺し、只管自分の番を待ちます。



 そうして、妙に長く感じる時間をどうにか堪えていれば、遂にお隣のマリアンヌさんが話し終えました。わたくしの前までやってきたロビン様を見つめつつ、戦慄く唇と喉を、どうにか動かします。




『お、おおお、おつ、お疲れ様ですぅっ!』



 若干声が裏返ってしまいました。

 いえ、若干どころか、大分裏返っています。



 自分の声に自分で驚いていると、ロビン様も、黒目がちな瞳を丸くされました。

 かと思えば、緩やかに細めます。



『やぁ、シロ君じゃないか。久しぶりだね、元気だったかい?』



 な、ななな、何ということでしょうっ。ロビン様が、わたくしの前で足を止め、あまつさえ近付いてきて下さるだなんて……っ!

 恐れ多い気持ちと嬉しい気持ちで、頭の中が真っ白になります。口からも、意味のない呻き声が、あわわわと零れました。




『シロさん、シロさんっ。お気を確かにっ』



 ぺしりと叩かれたお尻に、はっと体を跳ねさせます。

 見れば、マリアンヌさんが、華麗なターンを決めていらっしゃいました。どうやら尾羽でわたくしをビンタし、正気に戻して下さったようです。



『あ、ありがとうございます。わたくし、少々取り乱してしまいました』

『お気になさらず。それよりも、チャンスですわよ。今ならば、ロビン様とお話出来ますわ』



 そう指摘され、わたくしは、もう一つはっと体を反応させます。確かに、これはチャンスです。ロビン様も、わたくしの返答を待ってくれています。先程子孔雀さん達と考えた内容を、今こそ使わせて頂く時かもしれません。



『で、ですが……』



 わたくしは、ちらと視線を流します。

 ロビン様の後ろには、共にお仕事をしていたであろう軍用孔雀さん達が、待機していました。折角の休憩ですのに、わざわざわたくしの用事に巻き込んでしまい、心苦しさを覚えます。

 ロビン様達のご迷惑にならないように、と一言二言しかお話していない子孔雀さん達にも、ひとり抜け駆けしているようで、なんだか申し訳ありませんでした。



 けれど、子孔雀さん達は、祈るようにわたくしを見守って下さっています。


『シロさん、頑張って下さいませっ』

『深呼吸をして、一度落ち着きましょうっ』


 と応援までしてくれました。温かな態度と、心根まで美しい皆さんに、わたくしの胸はきゅっと締め付けられるかのようです。

 心の中でお礼を言いつつ、背中を押して頂いた勢いを乗せて、口を開きました。




『お、お久しぶりですロビン様っ。わたくしは、元気ですっ。ロビン様は、いかがお過ごしでしょうかっ』

『ボクも元気だよ。シロ君とは、あれから一度も会えていなかったからね。不調はなかったか、気になっていたんだ』

『あ、ありがとうございますっ。わたくしは、本部に戻ってから、健康診断を受けまして、問題ないと言われましたので、だ、大丈夫ですっ』

『そうかい。それは良かった。シロ君に何かあったら、特別遊撃班の班員達は心配するだろうからね。勿論、ボクもさ』



 ぱちり、とウインクをするロビン様に、わたくしの足元が覚束なくなります。


『はぁ……っ』


 と倒れそうになりましたが、すかさず四肢に力を込め、どうにか踏ん張りました。相変わらずロビン様は、罪深い程に麗しいです。お隣のマリアンヌさんも、


『あぁ……っ』


 と二・三歩よろめいています。




『あの、わたくし、ロビン様に、改めてお礼を言いたかったのです。ロビン様のお陰で、わたくしは、無事に帰ってこられました。遭難するわたくし達を見つけて下さって、本当にありがとうございます。本当に本当に、感謝していますっ』



 居住まいを正し、深々と頭を垂れました。



『無事救出されてから本日まで、わたくしは健やかに過ごしておりましたっ。アマフェスでも、軍用動物さんのお子さん方と共に、楽しくお仕事をさせて頂いていますっ。子孔雀さん達とも仲良くなれましたっ。先程まで、一緒にお話をしておりましてっ。今も、とても助けて頂いておりましてっ』



 わたくしは、必死で口を動かしました。支離滅裂な言葉でしょうに、ロビン様はにこやかに相槌を打って下さっています。

 軍用孔雀さん達も、温かく見守って下さいました。恐らく、子孔雀さん達が


『シロさんは、以前ロビン様に助けて頂いたそうで』

『一言お礼を申し上げたいと、それはもう熱心に望んでおられまして』

『けれどシロさんは海上保安部の方なので、中々お会いすることが出来ず』


 とさり気なく事情を説明して下さっているからでしょう。ありがたい限りです。



 ですが、だからと言って皆さんのご厚意に甘えすぎるのは、よろしくありません。許されたからと好きなだけ喋っていては、ロビン様達の休憩時間を減らしてしまうこととなります。疲れていらっしゃるのに、満足に体を休められないというのは、わたくしとしても望んではおりません。

 ですので、出来るだけ短く纏めるよう、わたくしなりに努力しつつ、お話させて頂いているのですが。




『――それから、えっと、あの、その……あら?』




 何を話そうとしていたのか、ど忘れしてしまいました。

 何ということでしょう。折角子孔雀さん達に、ロビン様とお会いした際の話題を考えて頂いたのに。




 うんうんと唸って頭の中をひっくり返すも、何も出てきません。ど、どうしましょう。ロビン様を待たせてしまっているこの状況に、焦りが募ります。兎に角、何かしらの話題を、とも思うも、これといって浮かびません。

 目を泳がせるわたくしに、ロビン様は小首を傾げています。そのお優しい対応が、またわたくしの焦燥感を煽りました。



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