25‐10.質問と答えです



『シロさん、シロさん』



 慌てるわたくしの後頭部を、マリアンヌさんがくちばしで突きます。



『落ち着いて下さいませ。シロさんは先程、ロビン様に質問したいことがあるとおっしゃっていましたわよ?』

『はっ、そ、そうでした』



 マリアンヌさんにお礼を伝えてから、わたくしは、再度ロビン様を見上げます。



『あの、ロビン様。わたくし、ロビン様に、お聞きしたいことが、ありまして』

『聞きたいこと? 一体何だい?』

『あ、と、申しましても、大したことではないのです。もし、ロビン様がお嫌でなければ、教えて頂きたいなぁ、という程度の、ものでして……』



 もじもじと前足を動かし、静かに息を吸います。そうして心の中で気合を入れてから、口を開きました。





『ロ、ロビン様はっ、スミレのお花は、おおお、お好きですかっ!』





 またしても、語尾が裏返ってしまいました。

 きゅっと唇を結び、熱を帯びるお顔を、どうにかロビン様へと向け続けます。



 ロビン様は、黒目がちな瞳を、二度三度と瞬かせました。わざわざそのようなことを聞くのか? と思われたのかもしれません。

 わたくし自身、こんなにも大したことのない質問をこの場でするなんて、と恥ずかしさが込み上げてきました。けれど、気になっていたのは事実です。




 と申しますのも、わたくし、ロビン様と初めてお会いした時から、どうにもスミレのお花が視界を掠めるのです。

 いえ、実際に生えていたわけではありません。けれどわたくしには、満開に咲き誇るスミレのお花の幻想が、ロビン様の背後に見えたのです。それ程までに、ロビン様にはスミレのお花がよく似合います。



 一体何故なのか、と考えました。その中で、もしかしたらロビン様は、スミレのお花がお好きで、よく鑑賞されているから、体にスミレのお花の匂いが付いていたのではないか。だからわたくしは、無意識の内に匂いを感知し、スミレのお花のビジョンが過ぎったのではないかと、そう思ったのです。



 単に、ロビン様によく似合う、というのもあります。華やかさで言えば、薔薇や百合、蘭など、様々なお花がございますが、ロビン様にはスミレのお花が一番ぴったりだなと、直観的に思いました。なんなら、スミレのお花に囲まれながら、お尻の尾羽を広げつつ、恋の歌を歌っていて欲しいとも思います。横にステップを踏みながらだと、尚良いです。




『スミレかい?』



 小首を傾げるロビン様に、わたくしは頭を縦に何度も振りました。

 ロビン様も一つ頷き、考えるように視線をずらします。



『スミレは、そうだね』



 細くしなやかなおみ足を、徐に、す、す、と前へ進め、ロビン様は天を仰ぎました。雲が浮かぶ晴れ渡った空を眺めて、つと目を瞑られます。

 頭の冠羽を軽く靡かせたかと思えば、ロビン様は、美しいターンと共に、こちらを振り返りました。



 そして。





『――世界で一番好きな花さ』





 お尻の尾羽を、ふわりと広げられました。




 直後、辺りに爽やかな風が、吹き抜けていきます。




 青と緑の艶やかな羽が、幻想的に揺らめきました。太陽を反射して、光の粒を羽の端々に纏います。

 その周りで、草切れや花びらが、ゆらりゆらりとひらめきました。まるで、ロビン様を称えて舞い踊っているかのようです。



 優雅で、煌びやかで、草花を従えているが如き姿は、正に風の王と言わんばかりでした。しかしその瞳は非常に優しく、全てを包み込む懐の深さも窺えます。



 そんな威風堂々としたロビン様に、慈愛を込めて見つめられてしまっては、わたくし、もう。





『はぁぁぁぁぁーんっ!』





 崩れ落ちるしかありませんでした。





『あぁっ、ロビン様……っ!』

『何ということ……っ!』





 子孔雀さん達も、卒倒します。

 まるでドミノ倒しのように、次々と地面へ伏せっていきました。





『スミレは、とても素敵だよね。色も匂いも、ボクの心を惹き付けて止まないよ。シロ君は、スミレの花は好きかい?』

『は、はひぃっ。わたくしも、わたくしも好きですぅっ』

『そうかい。なら、今度航空保安部の本部を訪れた時は、第三番隊に立ち寄るといい。ボク達が普段待機している広場には、スミレの花が植えられているんだ。時期になると、とても綺麗でね。是非シロ君にも見て欲しいな』

『み、見ますぅっ。わたくし、是非見させて頂きますぅっ』



 五体投地しそうな体をどうにか堪え、わたくしはロビン様を見上げます。

 ロビン様は、穏やかな眼差しで、微笑まれていました。


『その時は、ボクが案内してあげるよ』


 と頭の冠羽を揺らすと、青と緑の美しい羽をひらめかせつつ、半回転します。



『では、またね、シロ君。この後も、お互い頑張ろう』

『は、はひぃ』



 ロビン様は、後ろで待機していた軍用孔雀さん達に目配せをすると、歩き出しました。一本の線の上を行くかのような、完璧としか言いようのないウォーキングで進んでいきます。

 その後を、同じく美しい足取りで、大人の孔雀さん達が付いていきました。すれ違い様に


『良かったわね、シロクマのお嬢さん』

『これからも、うちの研修生達と仲良くしてあげておくれ』


 とわたくしに声を掛けて下さいます。

 ただでさえ、わたくしの為にお時間を取って下さってありがたかったのに、更には気遣っても頂いて、もう感謝の言葉しかありません。



 わたくしは五体投地をし、遠ざかるロビン様達へ、感謝と祈りを捧げました。

 あまりの尊さに、自ずと視界がぼやけていきます。




『シロさんっ。あぁ、シロさん……っ!』



 地面に蹲るわたくしの元へ、子孔雀さん達が駆け寄ってきました。



『良かったですわねっ。ロビン様とお話が出来ましてっ』

『つっかえながらも、懸命にご自分の気持ちを伝えるシロさんの姿に、わたくし感動しましたわっ』

『わたくしもですわっ。ご立派でしてよシロさんっ』



 我がことのように喜んで下さる皆さんに、わたくしの瞳は、一層潤みを帯びます。



『うぅ、あ、ありがとうございます。それもこれも、皆さんの、お、お陰ですぅ……っ』

『何をおっしゃいますのっ。シロさんの頑張りがあってこそですわっ』

『そうですともっ。わたくし達はただ、シロさんの背中をそっと押しただけっ』

『些細な切っ掛けにすぎませんことよっ』

『さ、些細だなんて、そのようなこと、ございません。わたくしが、ぐず、ロビン様とお話出来たのは、み、皆さんが、傍にいて下さったからです。あの時のわたくしにとって、どれ程、心強かったことか……っ』



 込み上げた嗚咽に、語尾を震わせます。

 わたくしが懸命に涙を堪えていると、子孔雀さん達も、目元に浮かぶ光るものを、瞬きで散らしていました。



『まぁ……まぁ、まぁ……っ。何ということでしょう……っ』

『そのように言って頂けるなんて……っ。本当に、本当に嬉しいですわシロさんっ』

『同志の心に寄り添えたのならば、これ程の誉れはございませんことよっ』



 子孔雀さん達は、感動が堪えられないとばかりに、青と緑の美しい羽を広げます。足も持ち上げ、天を仰ぎ、クワァーと声を上げました。




 わたくしも我慢出来ず、後ろ足を広げ、前足を片方持ち上げます。

 子孔雀さんの足元にも及びませんが、それでも心の叫ぶままに、喜びを体で表しました。




『わたくし、わたくし……っ、こんなにも素敵な方々とお友達になれて、とても嬉しいですっ。ありがとうございます皆さんっ』

『それはこちらの台詞でしてよっ。シロさんと友誼を結べた記念すべき日を、この胸に深く刻み込みますわっ』



 わたくしと子孔雀さん達は、輪になって踊ります。時に寄り添い、時に場所を入れ替わり、言葉で表し切れない想いを分かち合いました。



『皆さんっ。これからも、どうかわたくしと仲良くして下さいねっ。頻繁には会えませんけれど、また皆さんとこうしてお話がしたいですっ』

『当たり前ではございませんのっ。わたくし達は同じ同好会の会員にして、竹馬の友っ。例え離れていても、心は常に一緒ですわっ』

『み、皆さぁんっ!』

『シロさぁんっ!』

『皆さぁぁぁぁぁーんっ!』

『『『シロさぁぁぁぁぁーんっ!』』』



 感動で心が震えます。涙は後から後から湧き上がり、もう何も見えません。けれど、この溢れんばかりの気持ちだけはどうしてもお伝えしたくて、わたくしは踊り続けました。



 子孔雀さん達も止まりません。少し離れた場所で、わくわくふれあい広場担当の隊員さん達が


「え、何あれ?」

「なんか暴れてるんだけど」

「どうする? 宥めに行く?」


 とお話しているのも気にせず、羽や足を表現力豊かに伸ばしました。それに応え、わたくしも一層大胆に体を動かします。




 改めて、固い絆で結ばれたわたくし達。感極まった鳴き声を、ギアーッ! クワァーッ! と辺りに響かせます。そうして、涙で頬を濡らしつつ、一斉にくるりとターンを決めたのでした。



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