20‐1.リゾート気分です



 あの忌まわしいワクチン接種から早一週間。

 わたくし達特別遊撃班は、誰一人病気に掛かることなく、無人島の調査を終えました。



 あまりに何もなさすぎて、もしや初めから病原菌などなかったのではないか、という考えが、わたくしの頭をよぎります。

 ですが、きっと気のせいですよね。何事もなく過ごせているのは、こちらの島が全く無害だったからではなく、アルジャーノンさんが用意して下さったワクチンの効力によるものなのですよね。そうに決まっています。




 でなければ、わたくしは何の為に注射を打たれたのか、分からないではありませんか。




 まぁ、それはさておき。

 なんやかんやで、無人島の安全は証明されました。よってこれからは、食料調達や水の確保をしつつ、救助がくるまで島で生活していくこととなります。



 幸いわたくし達は、集団生活に慣れています。寝る場所も、専用船があるのでわざわざ作る必要はございません。多少の不便はありますが、そこまで大変でもなく、寧ろこの状況を楽しむ余裕さえあります。




 いいえ。




 いっそ、満喫している、と言っても過言ではありません。





「おらぁぁぁぁーっ!」



 天高く上げられたビーチボールへ、強烈なアタックが叩き込まれます。回転と勢いが付いたボールは、相手のコートへ見事突き刺さりました。

 得点獲得に、拳を掲げて喜ぶ皆さん。相手チームは悔しそうですが、


「どんまいどんまーいっ!」

「次取っていくぞーっ!」


 とすぐさま切り替え、攻撃の体勢に入りました。




「負けるかぁぁぁーっ!」



 ビーチバレーのお隣では、ビーチフラッグ大会が開催されています。合図と共に砂浜を駆けていき、地面に刺さった旗へ、勢い良く飛び掛かりました。時折旗の奪い合いが始まり、別の遊びと化すこともありますが、どちらにせよ盛り上がっているので、結果オーライという奴でしょう。




「ひゃっほぉぉぉーうっ!」



 海では、サーフィンを楽しむ方々がいらっしゃいました。皆さんの運動能力が高いからか、かなりの時間波の上を滑っています。自由自在にサーフボードを操る姿と、気持ち良さそうな笑顔に、なんだか羨ましさが込み上げてきました。




 他にも、海釣りや素潜り、砂の彫刻造り、日光浴などなど。各自思い思いに過ごされています。しかも、誰一人として、ドラモンズ国軍の軍服を着ておりません。全員水着です。カラフル且つ攻めたデザインが多いことから、間違いなく自前のものでしょう。この光景だけを見ると、とても遭難しているとは思えません。



 かく言うわたくしも、本日は、昔の水着をイメージして作られたハーネスを着用しています。青と白のボーダー柄で、頭には同じ柄のスイムキャップも被っています。



 生地は、水着と同じものを使用しており、水をしっかり弾くだけでなく、なんと浮力も抜群なのだとか。どれ程抜群かと言うと、ライフジャケットに匹敵する位の浮きっぷりだそうです。

 そう説明された瞬間、何故か分かりませんか、そこはかとない拒否感を覚えました。

 しかし、レオン班長があまりに嬉しそうに着せて下さるものですから、お断りすることが出来ませんでした。いえ、まぁ、良いのですけれども。




『あら、綺麗な貝殻ですね』



 わたくしは、前方に転がっていた貝殻へ近付きます。渦を巻いていて、細長い形をしていました。耳に当てたら、波の音が聞こえてきそうです。



 なんて思っていましたら、不意に、貝殻が動きました。

 どうやら、中にヤドカリさんがいたようです。



『こんにちは、ヤドカリさん。良いお天気ですね』



 そうご挨拶すれば、ヤドカリさんは、挨拶をし返すかのように、鋏を持ち上げてくれました。それから、わたくしの前を横断します。波打ち際までやってくると、打ち寄せる波と共に、海へ消えていきました。



 わたくしも、波打ち際に向かいます。濡れた砂の感触が、ひんやりとして気持ちいいです。きゅっとした踏み心地と、肉球の間に砂が入り込んでくる感覚も、何とも言えず楽しいですね。



 そうして味わるように一歩一歩足を進めていけば、不意に、波がわたくしの元まで押し寄せてきました。足が潮水で覆われ、踏み締めている砂ごと、海の中に攫われてしまいそうです。



『きゃーっ』



 わたくしは、すぐさま海へ背を向け、走ります。波が届かない位置までやってきた所で、ほっと胸を撫で下ろしました。

 くるりと振り返り、今一度海を見やります。波は、わたくしへ手を伸ばすかのように、何度も寄せては返しました。




『……ふむ』



 わたくしは、徐に歩き出します。今度は慎重な足取りで、波打ち際へ向かいました。そーっとそーっと進んでは、波がどこまでくるのか、どこまでならば濡れないのかを、見極めていきます。



 しかし、わたくしの読みが甘かったのか。それとも、自然を読もうとすること自体無謀だったのか。



 大きな波に、またわたくしの足は濡れ、海へと引きずり込まれそうになります。



『きゃあーっ』



 急いで踵を返し、浜まで避難します。

 全力で駆けて、良き所で確認すれば、波はもうわたくしに届きません。ザザーン、ザザーン、と満ち引きを繰り返すのみです。



 その動きを眺めつつ、わたくしは、またしてもじりじりと波打ち際へ迫ります。もう少し、後もう少しだけ、と波がこないぎりぎりを攻めては失敗し、きゃーきゃー言いながら逃げるというのを繰り返しました。

 単純ですが、どうにも面白くて仕方ありません。この、くるぞくるぞー、という期待に、思わず尻尾も揺れてしまいます。




『レオン班長。海というのは、楽しい所なのですね。わたくし、これまでずっと船の上で過ごしていたので、気付きませんでした』



 波との追いかけっこに満足したわたくしは、レオン班長を仰ぎ見ます。



 レオン班長は、サングラスにアロハシャツ、膝丈のサーフパンツという恰好で、リード片手にずっとわたくしの傍へ付いて下さっていました。毛のない眉も相まって、一見するとリゾート地にきたマフィアか、リゾート地を牛耳るマフィアのようです。

 ですがサングラスの下では、わたくしを温かな眼差しで見守ってくれています。見た目は少々あれですが、中身は大変優しい方なのです。




『ふぅ……少し疲れましたねぇ』



 わたくしは、前足を軽く揺すりました。砂に足を取られるからか、普通の地面を歩くよりも体力を消費しているような気がします。



 若干重くなった体を休ませたくて、わたくしは、浜辺の片隅に置かれたビーチチェアへ向かいました。傍にはパラソルが立てられており、小さなテーブルも置いてあります。喉が渇けば、すぐ横に生えているヤシの木から実を採り、ジュースを飲むことも出来るようになっていました。快適且つリゾート感溢れる空間です。




『お隣失礼しますね、アルジャーノンさん』



 先に寛いでいたアルジャーノンさんに声を掛ければ、アルジャーノンさんはドラゴンさんの尻尾を揺らして、お返事してくれました。手にはスケッチブックと鉛筆が握られており、こちらでのんびりと絵を描いていらしたようです。

 浜辺で遊ぶ班員さん達や、座礁した船、穏やかな風そよぐ海など、様々なものをスケッチされています。勿論、わたくしのお尻も描かれていました。安定の上級者加減です。



 わたくしは、ビーチチェアへ寝そべるレオン班長のお腹の上に、転がりました。いつものお昼寝スタイルです。腹ばいとなってレオン班長の逞しい胸筋を枕にすると、とても落ち着くのです。程良い疲れも相まって、すぐさま微睡んでしまいます。



 そんなわたくしを、レオン班長は優しい手付きで撫でて下さいました。うっとりとした溜め息が、自ずと口から零れます。



『はぁー、極楽ですぅー』



 心地良くて、このまま眠ってしまいたい気持ちと、とろりとした感覚をもっと味わっていたい気持ちが、わたくしの中でぶつかります。どちらも非常に魅力的です。選び難くて、ついつい呻いてしまいました。額も、うりうりとレオン班長に擦り付けます。




「……くく」




 不意に、頭上から笑う気配が落ちてきました。



「眠いのか、シロ?」



 眉間の間を、優しく擽られます。するとわたくしのお口から、返事のような、寝言のような、何とも言えぬ鳴き音が零れました。体の力も、どんどん抜けていきます。

 ぺったりとレオン班長に張り付き、右胸筋と左胸筋の間に顎を嵌め込みました。相変わらずの素晴らしいフィット感に感動していると、レオン班長はまた喉を鳴らして笑います。ぽん、ぽん、とわたくしの背中を叩いて、眠りへ誘いました。



『うぅー、レオン班長ぉー。わたくしぃ、そのようにぽんぽんされてはぁ、眠ってしまいますぅー』



 最早声になっていない声で抗議をします。しかし、レオン班長には届いておりません。いえ、あえて受け流しているのでしょうか?

 よく分かりませんが、わたくしはレオン班長の体温と手付きによって、本日も健やかにお昼寝するのでした。



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