19‐2.調査結果です



“――パトリシア”



 機械から、無機質な声が流れ出てきます。先日のボーナス総取りトーナメントでも使っていた、入力した文字を自動で読み上げてくれる機械ですね。



“――取り敢えず、この浜辺一帯の調査は終わった。現時点で分かったことを報告したいんだが、いいか?”




 そうしてアルジャーノンさんは、自分が調べた結果を、無機質な声で説明していきます。




“――見た限り、近くに島も陸も見当たらない。船もこの一時間の間、一隻も通過していない。このことから、予定していた進路から大分離れてしまったと推測される。よって、すぐさま海上保安部より救援が送られたとしても、到着まで二週間から三週間程掛かると考えた方がいいだろう。場合によってはもっと期間が伸びるので、食料及び水の調達は積極的に行っていくべきだと思う。また、現段階では、感染症などのリスクは確認されていない。だが、食料確保の為には、森の中へ入る必要がある。その場合、未確認の虫や動物から病気を貰う可能性も否めないので、事前に対策をしてからの調査を推奨する。具体的には、防護服を着用する、軍服の生地を厚くする、出来る限り肌を隠す、虫避けアイテムを使う、考えられる感染症のワクチン接種、などだな”



 ワクチン接種、という言葉に、班員の皆さんは一斉にびくりと体を跳ねさせました。

 これまでとは違う意味で、顔色を悪くしていきます。



「アルジャーノン医官。ワクチンは、班員全員分を用意出来るのですか?」

“――問題ない”

「ならば、速やかに準備をお願いします」



 途端、どよめきが起こります。そ、そんなぁっ! とばかりの声と空気が漂いますが、パトリシア副班長の一睨みで、あっという間に鎮静化です。後には、病院の待合室で震える子犬さんのような班員さん達だけが、残ります。




“――因みに、救援信号は無事本部まで届いたのか?”

「分かりません。受信器が壊れてしまったので、確認は出来ませんでした。ですが、毎日送っていた報告書が届かないとなれば、不審に思って貰える筈です。一応、救援要請も出し続けていますから、遅くとも十日前後には動きがあるのではないでしょうか」

“――船の修理を終えて、自力での帰還の可能性は?”

「リッキー整備士の点検がまだ終わっていないので、はっきりとは言えませんが、恐らく無理でしょう。手持ちの材料だけで賄わなければならないとなると、精々浸水や沈没を防ぐに留まるかと」



 アルジャーノンさんは一つ頷くと、機械へ素早く指を滑らせます。



“――ならば、私は早速ワクチンの用意を始めよう。準備が出来次第声を掛けるので、それまでは待機か、この砂浜一帯のみの探索に留めて貰いたい”

「分かりました」

“――それと、シロが動き回らないよう、誰かしらに見ていて欲しい”



 と、アルジャーノンさんは、ずっと抱えていたわたくしを、軽く持ち上げてみせます。



 ”――私達には問題ないウイルスでも、シロにとっては致命的なものになる可能性が大いに考えられる。また、免疫力も成獣より低い筈だ。ちょっとしたことが原因で死に至る場合も、あり得なくはない。安全がきちんと確認されるまでは、船内で過ごさせるか、防護服タイプのハーネスとガスマスクを着用の上で抱えて、地面や植物との接触を極力避けるようにして欲しい”

「……少々過保護ではありませんか?」

“――死ぬよりはましだ。ついでに、シロを媒体にウイルスが変異し、我々にも有害となることを防ぐ目的もある。ここで集団感染が起こってしまえば、手の打ちようがないからな”

「……そうですか」



 面倒臭そうに溜め息を吐くと、パトリシア副班長は、軽く首を傾けます。



「ワクチンの用意は、どれ位時間が掛かりそうですか?」

“――早ければ今日の夕方、遅くても明日の朝までには、全員分出来上がっているだろう”

「分かりました。こちらは話し合いが終わり次第、この近辺の捜索に入ろうと思います。何か発見したら、随時連絡をしますので」



 話し合い、とは、つまりパトリシア副班長のお説教ですね。

 雰囲気からして、まだまだ続くぞと言わんばかりですが、誰一人抗議の声は上げません。上げようものなら最後、パトリシア副班長から集中攻撃を受ける羽目となるでしょう。皆さん、分かっているのです。わたくしも分かっています。よって余計なことを言わぬよう、お口にチャックです。



“――了解だ、パトリシア”



 アルジャーノンさんは首を上下させると、徐にわたくしの体を、防護服越しにぽんぽんと叩きました。




“――それで、私が作業をしている最中、シロは誰に預ければいいんだ?”




 途端、パトリシア副班長は、黙り込みました。ガスマスクの奥から、妙に圧を感じる視線を向けられます。



 パトリシア副班長は、しばしわたくしを見つめたかと思えば、ゆっくりと視線をずらしました。砂浜で正座させられている班員さん達を、一瞥します。




「……取り敢えず、レオン班長にでも預けておいて下さい」




 な、なんですって……っ!? わたくしは、思わずぴんと耳を立ち上げてしまいました。



 驚いたのは、わたくしだけではありません。正座組も、一様に動揺しています。特に指名されたレオン班長は、かっと目を見開きました。これまで波打ち際を睨んでいた眼光を、パトリシア副班長へと向けます。

 しかし、パトリシア副班長は動じません。寧ろ、


「アルジャーノン医官、早くして下さい」


 と促す始末です。




 アルジャーノンさんが、レオン班長へ近付いていきます。正座するレオン班長の目の前に立ち、抱えていたわたくしの両脇へ、手を入れました。



 そうして持ち上げると、レオン班長のお膝の上へ、容赦なく下ろします。




「ぐぅ……っ!」



 途端、レオン班長から、これまで聞いたことのない声が零れました。



 全身を強張らせ、ライオンさんの耳と尻尾が、ピーンと立ち上がります。ついでに腕もびくんと跳ね、指は勢い良く強張りました。

 どう考えても、足の痺れに悶絶されています。先程から、気の毒な呻き声と歯噛みする音が止まりません。



 なのにアルジャーノンさんは、わたくしが着ている防護服型ハーネスのリード取り付け箇所を掴んでは、気遣いの欠片もなく揺らしてきます。その度、レオン班長のお顔が大変なことになりました。息もしているように思えません。




『あ、あの、アルジャーノンさん。流石に、死人に鞭を打つような真似は、いかがなものかと思いますが』



 そう宥めつつ、わたくしはレオン班長のお膝を刺激しないよう、そーっと振り返ります。



 すると、見慣れないものが、わたくしの背中から生えていました。



 よく見れば、透明な細い糸です。ハーネスのリードを取り付ける部分と繋がっているらしく、先程からくいくいと引っ張られる感覚がします。



 これは一体? と、わたくしは、透明な糸の伸びる先を、視線だけで追い掛けます。




 辿り着いた先にいたのは、釣り竿を持ちながらデッキに佇む、パトリシア副班長です。




 ……いつの間にそのようなものを用意されたのですか?



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