11‐3.海上保安部のビッグマミィです



 ティファニーママさんは、捨て子や孤児を見つける度に保護し、第三番隊まで連れて帰ってくるそうです。



 隊員さん達も、最初はティファニーママさんを叱りましたし、元の場所へ返してくるようにも言いました。けれど、助けた子を我が子同然に育てるティファニーママさんの姿に、その内根負けしたようです。

 今では、


「また拾ってきたのかー」

「里親探さないとなー」


 と、笑ってくれています。

 他の部署から、海上保安部と関係ない動物の飼育について何か言われたとしても、のらりくらりとかわしては、決して追い出そうとしません。


『自分達がこうして生きてられるのも、ママと、第三番隊の人達のお蔭だ』


 とは、養い子の皆さんの口癖です。



 ティファニーママさんも、


『あたしの我儘を受け入れてくれて、第三番隊の人達には本当に感謝してるわ』


 と、大きなお口を、穏やかに綻ばせていらっしゃいました。

 だからこそ、第三番隊の皆さんに恩を返すべく、どんな任務でも全力で取り組むのだそうです。

 また、養い子達が待っているからこそ、どんな任務からも生きて帰ってくるのです。勿論、必ず成功させて。

 ティファニーママさんにとって、養い子達は、元気の源なのです。




『でも……たまに思うの。この子達は、あたしに拾われて、本当に幸せなのかしらって』




 以前、ふとティファニーママさんが、鼻息と共に零していました。



『あたしはあたしなりに、全力で愛情を注いで育ててるわ。けど、だからと言って、注がれてる側が必ずしも幸せだとは、限らないじゃない? もしかしたら、もっと他の未来があったんじゃないかしら。もっといい一生を送ることが出来たんじゃないかしらって、ふっとね。思っちゃったりするのよ』



 寂しげに呟いたかと思えば、すぐさま耳をぴこりと元気良く振ります。



『きっと、あれね。最近うちの群れの子が子供を産んだから、羨ましくなっちゃったのかもしれないわね。とっくの昔に折り合いを付けたと思ってたのに……ふふ、あたしもまだまだだわ』



 おどけるように身を捩るティファニーママさんに、わたくしは、微笑み返すしかありませんでした。




 ティファニーママさんは、身体的な理由で、子供を産むことが出来ません。

 仕方のないこととは言え、やはりそう簡単には割り切れないようです。時折、育児休暇中の母カバさんと、そのお子さんを、眺めている時があります。そうして、溜め息を吐くのです。


 だからこそ、ティファニーママさんは、人一倍、いえ、カバ一倍、愛情深いのでしょう。他種族の捨て子を保護しては、自分の子として立派に育て上げています。



 巣立っていったティファニーママさんのお子さん達は、里親さんの元で穏やかに暮らしていらっしゃる方もいれば、ドラモンズ国軍の各部署で活躍されている方もいらっしゃいます。皆さん、休日や仕事などで海上保安部に立ち寄った際は、顔を見せにもきてくれるのだそうです。


 血は繋がっていなくとも、ティファニーママさん達は、確かに強い絆で結ばれているのだと伝わってきます。それもひとえに、ティファニーママさんの懐の深さと、愛情のなせる業なのでしょう。



 わたくしも、いつか子を産んだ時、ティファニーママさんのような母親になれるでしょうか。到底真似が出来るとは思えません。それでも、少しでも近付けるよう、努力したいものです。




 そのように考えていると、不意に、地面が小刻みに揺れ始めます。



 段々と大きくなる揺れに合わせ、地響きのような音も聞こえてきました。




 男性の悲鳴も、複数近付いてきます。




「う、うわぁぁぁぁーっ!」

「誰かっ、誰か助けてくれぇぇぇぇーっ!」



 幼獣用運動場の柵に沿って、男性隊員さん二名が、こちらへ向かって駆けてきました。



 その後ろにぴたりと張り付いているのは、巨大な巨大、灰色のカバさんです。



 凄い速さで男性隊員さん達を追いながら、脅すように大きなお口を開閉します。




『マ、ママァーッ!』



 ティファニーママさんの養い子達が、一斉に歓声を上げます。

 それに答えるかのように、ティファニーママさんは、勇ましい雄叫びを上げました。鼻息と共に噴射された唾が、男性隊員さん達に降り注ぎます。



 そんなティファニーママさんの更に後ろを、第三番隊の隊員さん達が、一生懸命追い掛けていました。



「ま、待てぇぇぇーっ! 頼むから待ってくれぇぇぇーっ!」

「駄目だっ! 興奮し切ってて、全然俺らの声聞こえてねぇっ!」

「ちょっ、なんでリーダーは第二番隊の奴ら追い掛けてんっすかっ!? 発情期っすかっ!?」

「分からんが、兎に角止めろっ! でないと怪我人が出るぞっ!」



 大騒ぎしながら、わたくし達の前を走り抜けていきました。



 幼獣用運動場の柵沿いには、いつの間にかティファニーママさんの養い子だけでなく、出産及び育児休暇中のカバさん達と、そのお子さん方も集まっていました。

 誰もが、ティファニーママさんを応援しています。



『やっぱり、リーダーは格好いいわねぇ』

『本当。頼りになるわぁ』



 母カバさん達は、お尻をぷりぷり揺らしながら、ティファニーママさんを褒め称えます。その姿は、憧れの先輩を遠くから眺める女学生のようです。時折黄色い声を上げては、男性隊員さん達――恐らく、子豚さんを虐めたという、第二番隊の隊員さんでしょう。彼らを後ろからどつくティファニーママさんに、声援を送ります。




『素敵です……』



 思わず呟けば、わたくしの傍にいた子豚さんが、嬉しそうに振り返ります。



『そ、そうだよね。ママは、とっても素敵だよねっ』

『えぇ。わたくしも、大きくなったらティファニーママさんのように、素敵な女性になりたいです』

『ボ、ボクも、ママみたいに、皆を守れる、格好いい男になりたいんだっ。それでね、今度はボクが、ママを守ってあげるのっ』



 目をキラキラと輝かせ、子豚さんは鼻をぶひんと鳴らしました。

 わたくしも大きく頷いて、同意します。そうして、辺りを見回しました。



 第三番隊に所属する母カバさん達と、そのお子さん方、ティファニーママさんの養い子達。沢山の動物さんが、ティファニーママさんへエールを送っています。

 これ程慕われるなんて、流石です。カバさん達を纏めるリーダーだから、というだけではないでしょう。きっと、ティファニーママさんの懐の深さや、情の厚さ、人柄ならぬカバ柄の良さが、皆さんの支持を集めているのだと思います。

 なのにティファニーママさんは、これっぽっちも偉ぶりません。いつも穏やかに微笑み、養い子だけでなく、全ての仲間を暖かく見守っています。中々出来ることではないと、子供のわたくしでも分かります。



 ティファニーママさんこそが、わたくしの理想とする女性です。清く正しく美しく、ついでに強く優しく頼もしいだなんて、正に乙女の夢がぎゅっと詰まっています。憧れの存在です。


 いつかはティファニーママさんのような立派な淑女に、わたくしもなりたいと思います。








『おんどりゃあぁぁぁぁーっ! うちの子を虐めやがってぇぇぇぇーっ! ぶっ飛ばしてやるぞおらぁぁぁぁーっ!』







 そう。

 例え、戦闘時は少々お口が悪かろうとも。




「お、落ち着けっ! 頼むから落ち着いてくれよぉっ!」

『ごるぅあぁぁぁぁーっ!』

「やっぱり発情期なんじゃないっすかっ!? 第二番隊の奴らを、自分好みのカバと見間違えてんじゃないっすかっ!?」

『てめぇらふざけんじゃねぇぞぉぉぉぉーっ!』

「取り敢えず、一旦止まろうっ! なっ、取り敢えず一旦止まっとこうぜっ! なっ!」

『地獄に落としてやるぅあぁぁぁぁーっ!』




 例え、一度頭に血が上ると、周りが見えなくなろうとも。




「ほらほらっ、美味しいリンゴだよっ! お前のだーい好きな、甘ーい甘ーいリンゴがあるよぉぉぉーっ!」

「駄目だっ! 全然引っ掛かってくれねぇっ!」

『このあほんだらぁぁぁぁーっ!』

「あぁっ! 駄目っすよリーダーッ! そいつらはカバじゃないっすからっ、いくらアピールした所で交尾出来ないっすよぉぉぉーっ!」

「なぁっ! 頼むから止まってくれよぉっ! 頼むよぉっ!

 ――『ダンカン』ッ!」




 例え、本名がティファニーさんではなく、ダンカンさんだったとしても。




「ダンカンッ! ダンカーンッ! アピールするならっ、向こうの柵の中にいるカバ達にしろってっ! なっ?」

「お前の為にっ、適齢期のかわい子ちゃん達を揃えてあるからなっ! 今なら選り取り見取りだぞっ!」

「そ、そうっすよリーダーッ! 気難しいお前でも、きっと気に入る『めすカバ』がいる筈っすからねぇっ!」




 例え、ティファニー『ママ』さんではなく、本当は『パパ』さんだったとしても。




『……わたくしは、大きくなったら、ティファニーママさんのようになります』



 そう思わずにはいられません。



 駆け抜けていくティファニーママさんを見つめながら、わたくしは、憧憬どうけいの溜め息を零すのでした。



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