10‐8.皆で四苦八苦です



「うぅ……何度もアタックしてますけど、一向に成功しませんねぇ……どうします? いっそここから、消音器投げます?」



 そう提案したラナさんは、


「お馬鹿」


 と同僚の方にぺちんと叩かれていました。



「いや、ちょ、待って下さい。最後まで話を聞いて下さいって。投げるって言っても、ジャスミン様目掛けて叩き付けるって意味じゃなくて、アルジャーノン様に投げ渡すっていう意味ですよ。で、アルジャーノン様に、消音器を付けて頂くんです。そうしたら衝撃波も収まりますし、ジャスミン様も説得しやすいですよ」



 成程、それは良い考えかもしれません。ラナさん達が近付けない今、ジャスミンさんから逃げられないアルジャーノンさんが動くというのは、悪くないのではないでしょうか。


 ただ、その消音器は、片手で付けられるものなのですか? アルジャーノンさんの左手は、現在わたくしを抱えていますので、塞がっているのですが。



 ちらとアルジャーノンさんを見れば、ラナさん達に手を挙げてみせています。出来る、ということなのでしょう。



「じゃあアルジャーノン様、いきますねー」



 よいしょー、とラナさんが、チョーカー型の消音器を放り投げます。

 弧を描いて飛んでくる消音器へ、アルジャーノンさんは、わたくしを抱えていない方の腕を伸ばします。



 しかし、受け取る寸前、ジャスミンさんの放つ衝撃波で、弾かれてしまいました。



「あぁっ、惜しいっ」


 ラナさんが顔を顰めます。護衛さん達の悲しげな声も上がりました。



 アルジャーノンさんは、もう一回、とばかりに手を振ります。

 そうして、消音器が投げられ、アルジャーノンさんが手を伸ばし、弾かれ、という流れを、何度も繰り返しました。



「うーん、上手くいきませんねぇ。やっぱり、消音器が軽すぎるからいけないんですかね? いや、そもそも衝撃波が強烈なのと、私達が接近出来てないのが原因か」



 ライオンさんの耳と尻尾が、垂れ下がります。他の女性陣も、なんだか申し訳なさそうです。




「んー……あ、じゃあ、シロちゃんに活躍して貰うっていうのは、どうですかね?」




 え、わ、わたくしですか?




「シロちゃんが、ジャスミン様の気を引くんですよ。そうしたら、その間は衝撃波が弱まるんじゃないですかね。で、弱ってる隙に、消音器をアルジャーノン様へ投げるんです。どうです? 一回やってみませんか?」



 そう言うと、ラナさんはわたくしを見ます。



「おーい、シロちゃーん。ちょっとジャスミン様に話し掛けてみてよー。ついでに、ジャスミン様が思わず気を取られてしまうようなことやってー」



 そんな、いきなり言われましても。



 ですが、緊急事態だということも、重々理解しています。なので、出来るだけ努力してみましょう。



『あ、あのー、ジャスミンさん? ジャスミンさーん。おーい。こちらを向いて下さーい』



 取り敢えず、声を掛ける所から始めてみました。けれど、ジャスミンさんは反応してくれません。

 ならばと前足を振ってみたり、尻尾を揺らしてみたりします。動きで興味を引こうと頑張ってみましたが、やはりジャスミンさんは気付いてくれませんでした。




「あー、なんか、駄目みたいですねぇ。ジャスミン様、全然シロちゃん見てませんよー。ま、そうだろうなーとは思ってましたけど」



 ならば、何故やらせたのですか。

 何となく納得がいかず、むっとお口を曲げてしまいます。

 ですがそれも、下から襲い来る衝撃波を前にしたら、すぐにどうでもよくなりました。

 わたくしは、これ以上首や腰を痛めないよう、一層アルジャーノンさんに抱き着きます。



 しかし、そんなわたくしを、何故かアルジャーノンさんは引き剥がしました。



 そうして、小脇に抱え直します。



 わたくしがしっかりと挟まっているか確認すると、アルジャーノンさんは、ラナさんへ向けて両手を振ってみせます。

 成程。わたくしを小脇に抱えることで、一時的に両方の手を空けたのですね。そうすれば、消音器を受け取れる確率も、片手の時より格段に上がりますもの。


 分かりました、アルジャーノンさん。ではわたくしも、微力ながらお手伝いさせて頂きますね。

 前足と後ろ足に力を入れ、アルジャーノンさんに張り付きます。これで短い時間ならば耐えられるでしょう。



 さぁ、準備は万端です。いつでもよろしいですよ、とラナさんを見れば、ラナさんは心得たとばかりに頷き、大きく腕を振り被りました。掛け声と共に、消音器を放り投げます。



『あっ、惜しいですっ』



 衝撃波にまたもや阻まれました。けれど、片手でキャッチしようとしていた時よりも、安定感があります。

 これは上手くいきそうです。そう思ったのは、わたくしだけではありませんでした。護衛の女性陣からも、おぉ、と希望の歓声が上がり、アルジャーノンさんも、次を早う、とばかりに両手を揺らします。



 そうして、何度もトライし、何度も惜しい所までいっては、わたくし達の気持ちは高まりました。

 次こそはと、一丸となって挑み続けます。




「おりゃあぁぁぁぁぁーっ!」



 ラナさんが、一際勇ましく叫び、消音器を放り投げます。



 すると、タイミング良く、衝撃波の勢いが弱まりました。



 どんどん迫る小さな機器に、わたくしの気持ちは昂ります。アルジャーノンさんも上半身を前へのめらせ、両手を伸ばしました。



 そして、遂にドラゴンさんの手の中へ、消音器が無事納まります。




 ラナさん達護衛の皆さんは、歓声と共にもろ手を挙げて喜んでいます。わたくしも、思わず前足を挙げて、万歳のポーズを取りました。




 すると、突如体が、ずるりと下がります。




『っ、ひょえぇっ』



 あまりに興奮したせいで、アルジャーノンさんの脇から擦り抜けてしまったようです。

 慌ててアルジャーノンさんの胴体にしがみ付き直しますが、わたくしの体は重力に従い、ずるるるるーと滑り落ちていきました。



 焦るわたくしに、アルジャーノンさんはすぐさま気付いて下さいました。消音器を掴んだ拳と、己の体で、わたくしを素早く挟みます。

 ずむん、と何かがお尻に当たりましたが、無事落下は免れました。思わずほっと胸を撫で下ろします。




「あぁっ!」



 つと、ラナさん達女性陣から、悲鳴めいた声が上がります。




 見れば、折角受け取った消音器が、アルジャーノンさんの手から、滑り抜けてしまったではありませんか。



 わたくしも慌てて前足を伸ばしましたが、残念ながら届きません。

 消音器は地面へ落下し、そのまま転がり離れていきます。




『も、申し訳ありません、アルジャーノンさん……わたくしが、油断していたばかりに……』



 己の失態に、図らずとも耳と尻尾がしょんぼり項垂れてしまいます。

 ですがアルジャーノンさんは、気にするな、とばかりに口元を緩めて下さいました。空になった掌をわたくしの背に添えると、ぽんぽんと励ますように叩きます。それから、改めてわたくしを抱えるべく、腕に力を入れました。



 しかしその手は、途中で止まります。




『? どうかされましたか、アルジャーノンさん?』



 アルジャーノンさんは、わたくしをじーっと見つめています。

 いえ。

 正確には、わたくしの背後へ、視線を注いでいます。

 一体何があるというのでしょう?



 疑問は、もう一つあります。



 先程から、妙に静かなのです。

 ジャスミンさんの泣き声が聞こえません。衝撃波も、突然止まりました。



 はて、一体何が、と内心首を傾げつつ、わたくしは、取り敢えずアルジャーノンさんの見つめる先を、振り返りました。




『……まぁ』




 ジャスミンさんのお顔が、わたくしのお尻に突き刺さっています。

 どうやら、アルジャーノンさんの脇から落ちた拍子に、ぶつかってしまったようです。



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