2‐3.男達の宴
◆ ◆ ◆
「あ、アルノーン」
特別遊撃班に所属する整備士、ドワーフのリッキーは、食堂にいたドラゴンの獣人――アルジャーノンの元へ向かう。
「ここ、いーい?」
と、向かい側の席を指せば、アルジャーノンは軽く頷いて返事をする。
「アルノン、今日はちょっと夕飯遅いじゃんか。どうしたの? 誰か怪我でもした?」
するとアルジャーノンは、スケッチブックへ鉛筆を走らせた。
“怪我人はいない。ただ、シロの絵を描いていた。もう少しで完成だったので、終わらせようと思ったら、食堂へくるのが遅くなった”
「あー、そうだったんだ。俺もねぇ、デッキの落下防止柵を改造してたら、遅くなっちゃったんだよねぇ」
“リッキーが食事時に遅れるのは、いつものことだろう”
「まー、そうなんだけどさぁ。でもほら、見てよこれ。超恰好良くない? これならシロちゃんも落ちないと思うんだよねぇ」
と、ピンク色に染め上げた作業服のポケットから、板状の小型撮影機を取り出す。脇に並ぶボタンを押せば、掌大の画面へ、先程撮影したばかりの落下防止柵が映し出された。
アルジャーノンは画面を覗き込み、ほうほう、とばかりに頷く。
“凄いな。これだけのものを、よくこの短期間で完成させたものだ”
「でしょー。もっと褒めてくれてもいいよ? へへー」
リッキーは、幼く見える顔へ笑みを浮かべ、夕飯を頬張る。アルジャーノンも、己の口へスプーンを差し込んだ。
そうして会話をしながら食事をしていると、不意に、どこからともなく足音が聞こえてくる。
妙に忙しない音に、リッキーとアルジャーノンは、思わず食堂の出入口を振り返った。
ほぼ同時に、特別遊撃班の班長であるレオンが、駆け込んでくる。
食堂内を素早く見渡すと、リッキーに目を留めた。眉間にきつく皺を寄せ、足早に近付いてくる。
あまりの険しい形相に、リッキーもアルジャーノンも、反射的に後ろへ身を引いた。
“おい、リッキー。お前、何をやらかしたんだ”
「え、いや、俺、何もしてないよ。無実だって」
“だが、レオンは明らかに苛立っているぞ”
「本当に何もしてないってっ。きっとあれだよ。はんちょは何か勘違いしてるんだっ――」
「おい、リッキー」
リッキーの頭が、むんずと鷲掴まれる。
レオンが、真後ろに佇んでいた。
「あ、や、やっほー、はんちょ。えーっと、ど、どうしたのー? 俺に、何か用ー?」
引き攣りそうな顔をどうにか笑みに変え、レオンを上目で見やる。
レオンは、眉間に一層皺を刻むと、重々しく口を開いた。
「……撮影機を貸せ」
「え? さ、撮影機?」
「今すぐにだ」
リッキーの頭を掴む手に、力が籠る。
じわじわと強くなる締め付けに、リッキーは、慌てて持っていた板状の小型撮影機を差し出した。
レオンはすぐさま受け取ると、さっと背を向け、小走りで食堂を後にした。
遠ざかる軽快な足音を、リッキーもアルジャーノンも、呆然と見送る。
「……え、何、今の?」
“……さぁ”
ぽかんと目を丸くしながら、食堂の出入口を眺める二人。
やがて顔を見合わせると、素早く夕食を詰め込み、食堂を出た。レオンが去っていった方向へ足を進める。
リッキーは、ピンク色に染め上げた作業着のポケットから、カフス型通信機の位置を特定出来る専用探知機を取り出した。二十センチ程の四角い本体からアンテナを伸ばし、ボタンを押すと、画面へいくつもの赤い点が現れる。
「んーと、はんちょは今、どこにいるのかなー?」
レオンが装着しているカフス型通信機の識別番号を入力する。
すると、赤い点が一つだけ表示された。その動きを画面で確認しながら、リッキーとアルジャーノンは、廊下を早足で歩いていく。
そうして辿り着いたのは、班員の寝起きする部屋が並ぶ廊下だった。
「現在のはんちょの位置はーっと……んー、動いてないみたいだねぇ。自分の部屋にでも戻ったのかなぁ?」
“だが、何故自室で撮影機が必要になるんだ? それも、あんなに急いだ様子で”
「あれじゃない? シロちゃんでも撮りたくなったんじゃない?」
“今までそんな素振りあったか?”
「ないけどぉ。でもほら、レオンはんちょったら、シロちゃんのこと溺愛してんじゃん。もう自分の子供みたいに可愛がってるしさぁ。父性がぶわぁーっと湧き上がった結果、可愛い今の姿を写真に納めておきたいって思ったんじゃない?」
成程、一理ある、とばかりに、アルジャーノンは頷く。リッキーも大きく頷くと、取り敢えずレオンの部屋へ向かった。
扉をノックしようと手を伸ばすと。
「んー?」
ほんの少しだけ、開いていた。
リッキーはアルジャーノンへ目配せすると、音もなく扉の隙間を広げた。部屋の中を覗き込む。
部屋には、レオンがいた。何故かソファーの前にしゃがみ込み、小型撮影機を構えている。
ソファーに何かあるのだろうか、と窺うも、触り心地の良さそうなクッションと、レオンのものであろう軍服の上着が、乱雑に脱ぎ捨てられているだけ。撮影機に納める程のものがあるようには見えない。
レオンが飼っているシロクマの子供の姿も、なかった。
てっきりシロを被写体に撮るのかと思っていたのに、と、リッキーとアルジャーノンは、無言で眉を顰める。
だが、二人の顔は、すぐさま驚愕に彩られた。
いた。
シロは、ソファーの上にいた。
レオンの上着に包まりながら、健やかな顔で眠っている。
「か、可ぁぁぁ愛いぃぃぃぃーっ」
リッキーは、器用にも小声で叫んだ。アルジャーノンも、ドラゴンの尻尾を勢いよく立ち上げる。羽も、一瞬で開いた。
「え、ちょ、何、どうしたのシロちゃんっ? なんでレオンはんちょの上着の中で寝てるのっ? はんちょの匂いに包まれて安心しちゃったのっ? えぇぇぇ、ちょっと待ってっ。何これ可愛すぎるんですけどぉぉぉっ」
無音で悶えるリッキーは、目をキラッキラと輝かせる。その間も、レオンは立ち位置を変え、体勢を変え、撮影機のシャッターを切った。アルジャーノンも、スケッチブックへ素早く鉛筆を滑らせていく。
そうして静かに、けれど熱く盛り上がる三人。各々好きなように楽しんでは、上着に包まれるシロから目を離さない。
と、不意に、シロが寝返りを打った。
その拍子に上着がずれ、シロの寝顔がすっぽりと隠れてしまう。
「あぁー……」
残念そうな声が、リッキーの口から自ずと零れた。アルジャーノンも、シロをスケッチしていた手を止め、ドラゴンの尻尾と羽を悲しげに項垂らせる。
レオンは舌打ちをし、眉間へ皺を寄せた。構えていた撮影機を下ろし、名残惜しそうに立ち上がる。
かと思えば、瞬時に目を見開いた。
しばし一点を凝視したかと思えば、そそくさと位置を変え、また撮影機を構える。
一体何を見つけたのだろうか、と、リッキーとアルジャーノンは、扉をもう少しだけ開いた。身を乗り出して、レオンの視線の先を見つめる。
「……!?」
途端、二人は、一斉に息を飲んだ。
レオンは、自分が脱ぎ捨てた上着へ、撮影機のレンズを向けていた。上着はもぞりもぞりと蠢くばかりで、シロの愛らしい顔は一切見えない。
だが、真ん丸な尻と尻尾は、上着からちょこんとはみ出ている。
「ひやあぁぁぁぁぁーっ! お、お尻がっ! お尻だけが出てるんですけどっ! ちょ、何あれっ! あれは反則でしょっ! あざといにも程があるっ! でもいいっ! 実にいいよシロちゃんっ! もっと出してみようかっ!」
鼻息を荒げ、リッキーは、食い入るようにシロの尻を見つめる。その隣で、アルジャーノンが、大量のクマケツをスケッチブックへ量産していった。
レオンは、己の身体能力を駆使し、骨格的に無理のある体勢になっては、手元を一切震わせることなく、シャッターを切り続ける。
静寂の中に、男達の妙な熱量が、これでもかと漂った。
それは、シロがうたた寝から目を覚ますまで、延々続いたのだった。
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