2‐2.もふもふです
レオン班長の身支度が整うと、わたくし達は食堂を目指し、お部屋を出ました。
レオン班長は、大きな歩幅で廊下を進んでいきます。しかし、わたくしが追い付けるよう、そのスピードは至極ゆっくりです。
「あ、レオン班長。ちーっす」
「はんちょだー。おはよー」
「うっす。おはざす」
「おっはよーう、レオンー」
すれ違う班員さん達が、レオン班長にご挨拶をしていきます。
皆さん、相変わらず個性的な見た目です。誰一人として、海上保安部のマークが入った軍服を、規定通りに着ておりません。何かしらの改造を加えています。中には、ほぼ原形を留めていない方もいらっしゃいます。
髪型も斬新で、お顔もどちらかというと悪役寄りです。例えて言うならば、男性陣は、某世紀末覇者の漫画に出てくる雑魚キャラのようですし、女性陣は、盗んだバイクで走り出しそうな八十年代のお転婆レディのようです。
……はて?
『某世紀末覇者の漫画』と『八十年代の』とは、一体何でしょうか? 例えとして普通に使ってしまいましたが、生憎わたくしの記憶にはございません。
ですが、妙にしっくりとくるので、使い方はきっと合っているのでしょう。
まぁ兎に角、皆さん非常に個性的で、やんちゃな印象の持ち主、ということですね。
言動も、非常にやんちゃです。
「おうおう、随分と小せぇシロクマだなぁっ! 小さすぎて、一口で食っちまえそうだぜっ! がっはっはーっ!
――沢山食べて、大きくなれよっ!」
「おーっとっとぉ。へへ、悪ぃなぁシロ。てめぇがあんまりチビすぎてよぉ、うっかり踏み潰しちまう所だったわぁ。
――怪我すると危ねぇから、周りには十分気を付けるんだぞ?」
「おやぁ? 随分と小汚いもんが転がってると思ったら、シロじゃないか。そんな姿で出歩くなんて、ぷっ、信じられないねぇ。あたいには到底真似出来ないよ。
――ちょっと待っておいで。すぐに綺麗に洗ってあげるからね」
やんちゃですが、根は良い方ばかりです。
シロクマなんぞ、生で食い千切っていそうな外見なのに、その実、わたくしを大変可愛がって下さいます。人は見た目によらないと言いますが、正にその典型的な例ですね。
いえ、正しくは、違いますか。
『人』と呼ばれていらっしゃる方は、全体の半分程度で、残りは獣人と、エルフと、ドワーフで構成されています。
なので正確には、人間と、獣人と、エルフと、ドワーフは、見た目によらない、ですね。
食堂で朝食を済ませると、レオン班長はお仕事へ向かわれます。その間、わたくしは他の方に預けられるのですが、大抵は、整備士さんのラボか、医務室が多いですね。そこで夕食時まで、のんびりと過ごすのです。
日が暮れた頃に、レオン班長は、わたくしを迎えにきて下さいます。共に食堂へ向かい、食事を取り終えたら、レオン班長のお部屋に戻ります。
後はこのまま、寝るまでゆったりと過ごすだけなのですが。
「……あ?」
レオン班長が軍服の上着を脱いだ所で、不意に、ピーピーと甲高い機械音が鳴り響きます。
レオン班長は、毛のない眉を顰め、ライオンさんの耳に付けていたカフス型通信機を、指で触りました。
途端、パトリシア副班長の声が、カフスから流れてきます。
『パトリシアです。クライド第一番隊隊長より、通信が入りました。至急、執務室まできて下さい』
パトリシア副班長の連絡に、レオン班長は舌打ちをします。ですが、無視はしないようです。ソファーに上着を投げ捨てると、踵を返しました。わたくしの頭を一撫でしてから、部屋を出ていきます。
面倒臭そうに揺れるライオンさんの尻尾を見送り、さて、とわたくしも踵を返しました。どれ位でレオン班長が戻ってくるかも分かりませんし、一足お先に寛がせて頂くことにしましょう。
ソファーの端に設置されたわたくし専用の階段を上り、ふかふかの座面にやってきます。触り心地の良いビロードのソファーカバーへ腰を下ろし、わたくしは、何となしに部屋の中を見渡しました。
床には、毛足の長いふさふさのカーペットが敷かれ、ソファーの上には、ベロア素材のカバーが付けられたふんわりクッションが、いくつも置かれています。ベッドシーツも起毛のものを使用し、毛布と掛布団は、いつまでも触っていたい程にもふもふです。
動物もお好きなのか、図鑑らしきものが棚にいくつも入っています。ですが、爬虫類や海洋生物が載っているものはないようです。
海上保安部に所属しているのに、何故海洋生物の図鑑がないのかと、わたくしは不思議に思っていました。
しかし、最近気付いたのです。
レオン班長は、手触りの良いものがお好きなのだと。
より正確に言えば、動物の毛皮のようなもふもふとしたものに魅力を感じるタイプの方なのだと、わたくし悟ってしまったのです。
成程。だからわたくしは飼われているのですね、と非常に納得がいきましたね。
何故ならわたくし、自分で言うのもなんですが、それはそれは素晴らしい毛並みの持ち主なんですもの。
持って生まれた資質もありますが、加えて特別遊撃班の皆さんが、わたくしを丁寧に洗い、ブラッシングし、時に毛玉をカットしては、常に最高の状態に整えて下さるのです。栄養状態もばっちりですので、レオン班長のお眼鏡に適うもふもふっぷりなのでしょう。
もしも、わたくしが素敵なもふもふでなかったら。そう思うと、少々ぞっとします。その場で解放されるならまだしも、下手したら、あの時夕食となった鷹さんと、同じ運命を辿っていたかもしません。そう考えれば、わたくしを一流のもふもふに生んでくれた母には、感謝の念で一杯です。
まぁ、わたくし、母どころか家族の存在さえ、全く覚えていないのですけれどね。
『……あら?』
つと、視界の端に、レオン班長が置いていった上着が入ります。
なんとなく違和感を覚えたので、わたくしはソファーの端へ向かいました。投げ捨てられた上着を、前足でちょいちょいと弄ります。
すると、なんということでしょう。
レオン班長の上着の裏地が、全面毛皮張りではありませんか。
まさか、このような所までもふもふだったとは。流石に予想しておりませんでした。
しかも触ってみると、この部屋にあるどのもふもふよりも、気持ちの良い触り心地なのです。柔らかく、滑らかで、どこかつるつるもしています。一体何の動物の毛皮でしょうか?
わたくしは、夢中で撫で回しました。前足だけでは満足出来ず、頬ずりをし、腹ばいとなり、転がりながら、このもふもふを堪能します。
あぁ、堪りません。ほんのりと残るレオン班長の温もりも相まって、気持ち良いことこの上ないです。
わたくしは、レオン班長の上着を体に巻き付け、最高のもふもふを全身で楽しみます。もうここから動きたくありません。わたくしは本日より、この状態で生活したいと思います。
うっとりとした溜め息を吐くと、わたくしはそのまま、うとうととまどろむのでした。
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