※エロい展開は無いよ

 診察室の椅子に二人の子供が並んで座っている。相対する小児科医はこの子たちは確か、この春で四年生になった筈だと思い返してから、手元のカルテで自身の記憶が確かなのを確認した。共にこの医院のほど近くにある商店街の子たちで、それこそ赤ん坊の頃からかかりつけ医として接して来ている顔なじみだ。とはいえ、どちらもやんちゃな程に元気の在り余った子供達である。大病らしい大病もしたことが無いので来院する機会と言ったら予防接種や風邪の時ぐらい。むしろ、夕飯の買い出しや休診日の外食で見かけては挨拶を交わすことの方がずっと多かった。


 そんな子供達が、思いつめた様子で連れ立ってやって来たのだ。たった二人だけで、保険証も持たずに。


 彼らの深刻な表情に、地域医療に長年携わるベテラン小児科医の勘が告げていた。彼らが何か深刻な事態に巻き込まれているのだと。


 話は数時間前に遡る。


 咲良と颯太は、前述した通りこの町の商店街の生まれ育った幼馴染同士だ。お互いの店舗兼住居が隣同士で、双方の両親も仲が良い。手のかからなくなった年頃になってからは、親たちが忙しく働いている日中はどちらかの家で共に過ごすことも多く、ほとんど家族同然の仲である。颯太は花屋の長男で、咲良は洋食屋の一人娘だ。……つい数日前までは、だが。


 その日の朝、咲良がトイレに行くと、曰く形容しがたい違和感に襲われた。便座に腰掛けたまま股間へ視線をやれば、なにやら見慣れぬ形状に変わっていた。とはいえ生理現象は待ったなしである。四苦八苦しつつもひとまず用を足した後、自室の全身鏡でまじまじと己の姿を観察すると、顔つきも身体つきも、昨日までとは少し変わっている……ように、見えた。

 ──特発性性腺・性器転換症候群、通称TS病と呼ばれるそれは今日では決して珍しい疾患では無い。多くの患者は思春期前後に発症するので大抵は性教育の際にこの疾患の基礎知識について学ぶことになっている。

 そういう点では今年10歳の咲良が罹ったのはやや早い方と言えたが、特筆するべき事はその程度である(この時点では、だが)。


 折悪く、時節は12月末。咲良の両親はクリスマスシーズンという特大の繁忙期に追われて朝から晩まで忙しく立ち働いている。咲良は、ただでさえ大変な時期の父母に余計な心労をかけないよう、ひとまず年明けまではこの事を黙っている事に決めた。変わってしまったものは仕方ないし、と咲良は思っている。元来がさばけた性格をしているのだ。


 しかし、そんな咲良にも一点だけどうしても気にかかる事が有った。彼女(現、彼)にしては珍しく、数日ほど悶々と考え込んだ後、手近なところで手っ取り早く解決するのを決めた。

 つまりは。


「という訳で颯太の見せて」

「な、何を」

「何って、ち「やっぱり言わなくていい!!!」


 曰くどうも自分の股間のモノが伝聞と違う、気がする。比較するなら同じ子供同士じゃないと参考にならないのでは。しかし、家庭の医学を見ても、ネットで検索しても絵では無い『そのもの』の画像なり映像なりが見つからない。じゃあもう現物を確認するしか無い。しかし自分は一人っ子だし、クラスメートの男子にいきなりそういう事を聞くのも気がひける……そうだ。颯太が居るじゃん。


「っていう」

「そうかよ……」


 ツッコミを入れる気力も失せ、颯太はただ項垂れた。シンプルに嫌過ぎる。何が悲しくて幼馴染に股間を晒さねばならないのだ。一緒にお風呂に入ったのも保育園までなのに。


 見せろ、嫌だの押し問答がしばらくの間続いたが、結局は颯太が折れた。そもそも咲良に強く出られた試しが無いのだが、これの意味する所を彼が正確に認識するにはあと数年ほどの時を要する。

 閑話休題。ともかく、彼らのズボンは引き下ろされた。あと、パンツも。

 果たしてお互いの『そこ』に有るものは。


 本当に全然まったく違う形状だった。


 ──そして現在に至る。


「「サドヴせ゛ん゛せ゛い゛どっちがおかしいんですか~~~!」」

「もしかしてどっちもですか!」

「それとも、俺の方ですか……!」


 地域医療に長年携わるベテランの勘が在らぬ方向へ空振りした音が聴こえた。ような気がした。

 ともあれ、初老の人のよさそうな小児科医であるところの『サトウ先生』は、泡を食って貯金箱だけ抱えて(保険証も診察券も仕舞い場所を知らなかったのだ)かかりつけ医のもとへ駆け込んだ二人を宥めながら、「ここだと難しい検査はできないけどね……」と断りつつも衝立を用意して一人ずつ『確認』をしてくれた。


 結果、咲良は紹介状を持って大学病院へ直行。連絡を受けた両親とはそちらで落ち合う事と相成る。

 一方颯太はその場で放免となった。去り際、看護師さん達に何故か口々に「君を尊敬する」「お前は偉い」「よく決断した」「今日付き添った男気を大人になっても忘れるな」と激励された。股間が異常かもしれない恐怖にかられた一心の行動であったのだが、どうも彼ら彼女らには違った受け取られ方をした気がしてならぬ。釈然としないまま、飴玉を口内で転がしながら帰途につく。


 後日判明した真相はこうである。咲良は未告知の卵精巣性性分化疾患いわゆる真性半陰陽であり、それがTS病に罹った結果どのような理屈によるものか『どっちも有る』状態に反転したという事だ。この事実を受けてTS病の診断基準が大幅に変更されることとなったり、研究者たちの知見が一部粉々になったりとそれなりの混乱を呼んだそうだが、当人は「じゃあ中学に上がったら学ランとセーラー服日替わりで着るわ」とけろりとしたものだった。


 後年、この症例は論文になったという。



テーマ:TS

【65分】

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