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納戸丁字

パスタ、あるいは油揚げ、またの名を怨敵

 目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。


 リビングルームに繋がるドアを開けた少女の視界に飛び込んで来た光景の、それが全てである。


 彼女は最初、それを山盛りのトマトソースパスタに見間違えたのだが、ソファにそんなものを直に盛り付けるはずがないし、そもそも大きさの比率がおかしい。なにより、パスタから人間の頭部は生えていないので、これはヒトの筋繊維を丁寧にほぐして拵えた代物のようであった。そう気付いてみれば、傍らのコート掛けにはご丁寧に「皮」がひと繋ぎ、皮下脂肪付きでかけてある。

 処理中にぶちまけられたのであろう、床にも壁にも散乱する血液も相まって、リビングは酸鼻を極めた光景であった。


 何かしら、人智を越えた力の持ち主でなければ不可能な行為である。が、考えるべき事柄の問いの立て方としては不適当であろう。まずは「なぜ、こんな事を行う必要が有ったのか?」を検証すべきだ。と、彼女は判断する。

 もっとも可能性が高いのは拷問であろう。築山のようにこんもりと盛られた「パスタ」のてっぺんに頭部が配されている、という事はこのパスタの作り主は下半身(恐らくはつま先だろう)から始めて、下から上へと順序良く解体したと考えられた。

 よくよく確認すれば、血だまりもデカすぎる。人間一人分の血液量を優に越えているだろう……つまり、輸血をしながら生き永らえさせている。きっと薬物も併用してショック死を防ぎながらの仕事であったのだろう。


 室内を観察しながら、見せしめの意図も有るのかもしれないな、と彼女は思う。壁際に視線を走らせてみれば、部屋の隅に三脚の跡らしき三角形を描く四角い血痕が有る。その内、どこぞの深層ウェブにて拷問動画がノーカットでアップされるのであろう。極力現場を荒らさぬように慎重に、しかし足早に歩み寄った彼女は、その三脚の跡を手早く拭い去った。自分が追いつく前に警察にお縄になられてしまっては、困る。


 その他にも可能な限りの隠蔽工作を施してから、静かに部屋から立ち去る。

 敷地の隅、生垣の陰で防護服とヘアキャップを外し、隠してあったボストンバッグに鞄と一緒に仕舞い込み、入れ違いに取り出したジャケットの前を閉めてフードを目深に被ると、彼女はそこでようやくため息をついた。


「参ったなあ、先客が居たなんて」

 今夜は恩人の仇に復讐する千載一遇の機会であったのに、いざ在所に侵入してみたら既に死なれてしまっていた。これでは復讐心も収まりが付かない。

 何より、恩人の死の真相について一通りの手管で聞き出すつもりであったのに、これではゴムバンドも注射器も使いようが無いではないか。せっかく練習したのに。

 これではトンビに油揚げを攫われたような物である。行状からして恨んでいるのは彼女だけでは無いとは思っていたが、まさかのダブルブッキングとは。


 裏路地を足早に通り過ぎながら、彼女は襟首に手を差し込み、ネックストラップごと小型端末を引き抜く。ひとまず、その場で収集できる情報は収められた、と思う。

 どちらにしても、このまま退くつもりは彼女には無かった。


「待ってろよ~トンビめ」

 追跡開始だ。


テーマ:【目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた】から始まる小説(48分)


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