【犠牲】をテーマにした小説

「――――來間くるま


瓦礫の山を前にして、しゃがみ込んで両手を合わせる彼女を私は冷たい目で見ていた。


四之宮かがりがいなくなって3か月。

時が経つのは短いようで長い。フラッと現れるんじゃないかという淡い期待と、もう二度と会えないんだという失望が、私達の時間を止めてしまっていた。


あの日の地震のことは、今でもはっきり覚えている。

人々が食卓に着く夜のこと、四之宮の住む地域を地震が襲った。アスファルトは剥がれ、家々が崩れ落ち、その惨状は筆舌に尽くしがたく、そして四之宮の名前は行方不明者リストにあった。

つまるところの生死不明。骨が出てくるよりは希望があるが、一向にその結論は出て来やしない。


「じゃあ、今日も始めよっか」

「……言いたくは、ないんだけどさ。もう、こんなこと」

「わかってる」


來間早霧の眼には覚悟があった。

もう3か月だ。72時間の壁なんかとっくのとうに過ぎ去っている。希望は所詮、確定していなことだけだ。信じる者は救われるとは言うが、果たして救われるべき者の方が信じているのだろうか。最早、公権力の捜索も絶望視されている。残りの行方不明は、5人だけだ。


「にしても、こんなこと、本当に自然にあり得るのかね」


地震の規模は直径にして4km程度の範囲に留まる、極めて局所的なものだったのだ。多少の揺れはその外にも波及しているが、まるで人為的であるかのように震度の境界線が存在する。素人目に見ても不可解な現象だ。


「わかんない。でも、現に起きちゃってるから、もう関係ないよ、そんなこと」

「それもそうか」


別に核実験だなんだと陰謀論を掲げるつもりはないが、どちらであっても変わりのないこと、それを考えるのは専門家の仕事である。私達には関係ない、地震によって大切な友人がいなくなっているだけなのだから。


――――日が暮れるところまで、正規なボランティア活動のゼッケンを着ながら四之宮を探しては帰る。これを毎週末続けてきた。成果は未だ一つもない。


「あ、またこれだ」

「落書きされたアスファルト、だっけ」

「そうそう。ピって黒い線が入ってるだけだから特に意味ないと思うけど、こんだけ多いと変な気がするよね」

「だからといって、なにができそうでもないけどなぁ。まさか町全体に巨大な魔法陣が描いてあったわけでもあるまいし」


そもそもそんなオカルティック、この現代で通用するわけもない。そう思って、このことを誰に話したこともなかった。


そして今日のボランティア、締めの集合。

適当な挨拶をした後、一人の女性が声をかけてきた。


「君たちか? この黒い線のやつを拾って来たのは」

「あっ、すみません、ゼッケンのポケットに入れっぱなしでしたか」

「いいや、それはいいんだよ、次から気を付けて……」


言うだけ言って帰ろうとしたその女性は、しかし立ち止まって戻ってきた。


「いや、君たち、ちょっと話がしたい。来てくれるかな」

「えーっと……?」

「ああ、私は五行院アスカ。このボランティアの主催側の人間だ」

「いえ、そうではなく」


なにか問題のある行動でもあったのだろうか。特に心当たりはないのだが……


「なに、別に何かを咎めるわけじゃない。ただちょっと……行方不明者と、この黒い線についての話をしておこうかと思っただけさ」

「すみれ、時間大丈夫だっけ」

「ああ、うん、大丈夫。まぁもしもの時はお父さんに迎え来て貰えばいいし」


父は酒を飲まないのであるが、夜は割と遅くまで起きているタイプの人間である。一方で母は、酒を飲んですぐ寝てしまうという正反対さだ。よく考えるとなぜこれで結婚できたのだと思うこともあるが、人生その時はわからないことも多々あるのだろう。


「私も大丈夫です」

「そうか。一応親御さんには連絡しとくといい。あまり遅くするつもりはないが、いつもと違うのは戸惑われる」


どこか胡散臭い雰囲気を纏った五行院さんに連れられて、震災現場を後にした。

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