【刀】をテーマにした小説

長谷部先輩と七星先輩は口論の絶えない二人だった。

キッチンからやんややんやと声がして、今日は何の喧嘩かと思えば……


「だーかーらー、ほじくり返さないでっていつも言ってるでしょう!?」

「えぇ~、いいじゃん別に。というか、そのジョリジョリってやる方が気持ち悪くない?」


まただ。

長谷部先輩はススーッっと、表面をなぞるように取る派。

七星先輩は箱の端からクリクリと掘っていく派。

冷蔵庫が共用である寮生活において両者の溝が埋まることはなく、マーガリンの取り方ひとつでそんな喧嘩するなら別々に買えばいい。


……と思っていたのはほんの少し前までのこと。

この二人、好みの商品もバターナイフも同じなのである。ただその取り方が違うだけなのだ。

つまるところなにが起きるかと言えば、七星先輩の朝の寝惚けた頭では、例え記名していてもどっちがどっちのマーガリンなのか区別が付かず、結果として取り違えを繰り返して「無意味だ」と悟ったため再び共同利用の消耗品に戻ったのである。


「まぁたやってるんですか」

「来たわね日和見の長船」


人聞きの悪い呼び方はよしてほしい。ただただこんなくだらないことでの喧嘩で休日の朝に起こされたくないだけである。


「長船ちゃん、こっちの味方してくれるよね?」

「どっちの味方もしたくないんですけど」

「そうだぞ、どっちが正しいのかハッキリさせてくれ、民主主義の力が今こそ求められている」


いや、決してそんな大層なことではないだろう。くだらなさすぎる。

それもこれがいつものことだというのだから困ったものなのだ。お風呂の入浴剤でのひと悶着は両者の好みに合うものが新たに見つかったことで解決と相なったが、共同スペースの片付け方から本棚に入れる漫画にちょっとした置物まで、この二人のそりが合わない部分では日夜、静かなる戦争が繰り広げられているのである。


度々思うが、私は寮決めのくじ引きで文字通り貧乏くじを引いてしまったのではないか。そりゃあこんな寮には誰も来たくないわけである。卒業した前任者にでも責任を追及したいが、あいにくのこと名前くらいしか聞いたことがないのでアポイントは取れない。


「…………今度から個包装の買おうよ」

「却下」

「このマーガリンじゃないと味わえない奥深さがあるの、わかってないなぁ~」


そう、同様な提案は繰り返ししてきたのだが、お好みのマーガリンには個包装版が存在しないのだ。メーカーさんや、この寮の平穏の為にひと肌脱いでくれやしないだろうか。ダメですか。はい。


そんな口喧嘩に付き合わされること30分程度。

いい加減にして欲しい。私を巻き込むな。


「――――お二人とも」

「なんだ」

「なぁに」


バタんと音を立てて椅子を引いて立ち上がる。うつむき加減からにっこりと満面の笑みを貼り付けて顔を上げれば、何事かを察した二人の怯えた顔が見えた。

かわいい。


「朝っぱらからカチャカチャ言わしてるの、そろそろ我慢できなくなってきたので私の部屋で一回やりましょうか」

「「ヒッ」」


――――その日の夕暮れ時に「激しすぎる……」と言いながら長船の部屋から先輩二人が出てくるまで、その寮からは物音が絶えなかったという。

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