生存確認〇△□

エリー.ファー

生存確認〇△□

 ここには誰もいないはずだ。

 何度も何度も捜索をして、そして、遠ざかった。

 だから、ここから誰かの遺体が見つかることはない。

 いや。

 見つかってはいけない。

 見つかってしまったら、いたかもしれない生存者を見逃したということになるかもしれない。

 疑われたくないのだ。面倒なのだ。

 そういうものを遠ざけて生きてきた私である。

 未曽有の災害と言えば簡単だろうか。

 日本列島を押し流す津波が起きて、声も光も、そのすべてが流された。気が付けば最初からそこには何もなかったというように、平らな景色が広がっている。

 ということでもいい。

 他にも。

 地球が半分に割れるほどの地震が発生し、割れた地面の間に木々が建物が動物たちが、人間が、平和が入り込んでしまい二度と日の目を見ることはなかった。その状況は結局のところ放置され、誰もが見なかったことにしようと努めている。

 ということだっていい。

 なんだっていいのだ。

 こんなものは。

 とにかく、大変なことが起きて、てんやわんやあり、どんがらがっしゃんと、色々あったのだ。

 悲劇というにはドラマ性は薄く、災害というにはあまりにも表現が的確ではない。天災というところでしっくりと来るが、きっと神様が本気を出したらこの程度では済まないだろうとも思う。

 人間は生きていて、絶滅ということにはならなかった。けれど誰もが、それらが起きる前に戻ることはできないだろうと確信するほどに被害は大きい。

 いつか、いい思い出になる。

 そんなことは絶対にないだろうと言い切れるくらいの状況。

 私は生まれてこの方、ここまでのものを知らなかった。

 私だけではない。

 人類が知らない。

 私はそういう意味では、非常に貴重な経験をしていると言えた。

 巻き込まれた人々を助けなければならないという使命を抱えて仕事に励んでいることは事実である。けれど、そこにはここで結果を出せばある程度、出世も見えてくるという打算もあるし、ここでの失敗は今までの仕事とは段違いで重要な項目として記録されるという心配もある。

 この出来事が私の過去、現在、未来、その三つにありとあらゆる意味で大きく影響を及ぼすことは間違いがなかった。

「すみません」

 声が聞こえた。

 鳥肌がたった。

 ここにはもう誰もいないと報告したのだ。

 もう言い切ったのである。

 面倒だ。

 何故、ここで生きている。

 私は声の聞こえる方向に向かう。

 男がいた。

 年齢は二十くらいだろうか。

 腕が瓦礫に挟まって動けないようだった。

 面倒くさい。

 動けないということは、私が見て回った場所の外からやって来て、ここにいたという報告が通用しなくなる。ここに最初からずっといたということが証明されてしまうので、私の確認不足ということになる。

 面倒くさい。

 こういう小さなことで一々足を引っ張られたくないのだ。

「すみません。あの、助けてください。腕の感覚がないんです」

 腕だけじゃなくて。

 体全体の感覚まで失くして。

 意識まで失って。

 ついでに命まで失ってくれれば。

 それでよかったのに。

 あんたの存在が俺の落ち度そのものなんだよ。

 なんで、死んでねぇんだよこいつ。

「あの、お願いします。」

 あぁ。

 なんでだよ。

「あの。」

 だめだ。

 こいつ殺そう。

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