第4話 消えた女について
この日、少し早めに店を閉めて家に戻ってから、彼女は2つの鍋に料理を作った。熱々の煮込みを作ると、片方の鍋をバスケットに入れて、彼女は隣家を尋ねた。ベルを鳴らすと、足音がして、男性がドアを勢い良く開ける。その顔には期待の笑みが浮かんでいた。が、彼女の顔を見ると明らかに表情に落胆の色が見える。その温度差に、彼女の胸は痛む。それを悟ったわけではないだろうが、彼はすぐに来客用の笑みを浮かべた。
「やあ、こんばんは。どうされましたか?」
「夕飯を作りすぎたので、もらって頂けないでしょうか?」
バスケットを差し出した。それを聞くと、彼の表情はまた明るさを取り戻す。
「いつも申し訳ありません。ありがとうございます」
たまに……というには、少し多い頻度で彼女はこの家に「作りすぎた」と言って料理を持って行くのだ。
「いいえ、奥様の味に少しでも近ければ良いのですけど」
その言葉は「作りすぎた」という言い訳とは少し矛盾する。けれど彼は笑顔を作って、
「お気遣いをありがとうございます。妻の味そのもので驚いています。あなたと妻は本当に仲が良かったんですね」
男はバスケットを受け取った。彼女は会釈をして、彼の家を辞した。
彼女は男に黙っていることがある。いなくなってしまった彼の妻についてだ。
彼は、妻が突然自分から姿をくらましてしまったと思っている。しかし、事実は違う。彼の妻はいなくなってなどいない。彼の近くにずっといる。隣の家に住んでいる。
失踪した妻というのは、鍵屋を営む彼女のことだ。
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