第3話 忘却の鍵

 秘密の内容や、その人の在り方によって、鍵の凹凸は変わってくる。彼女は秘密や、依頼主本人のことを思いながら、形を作っていく。理屈は彼女の心の中にあるが、それを言葉にすることは難しい、あの人がこの秘密を隠すのならば、このような形になるだろう。そう思って作っている。

 鍵本体の形ができあがると、次に石を飾る。宝石商が売る、値の張る美しい石に比べれば、輝きは地味な物だったけれど、秘密……鍵の形とよく合う物を選んで使っているから、とてもそれが安いようにも、不釣り合いに高いようにも見えないだろう。これも、選んだ理由を言葉で説明することは難しい。


 1週間から1ヶ月の制作期間を経て、秘密の鍵はできあがった。最後に、革紐と鎖をおまけでつける。革紐ならさりげなく首からさげることができるが、傷みやすい。鎖なら頑丈だが目立つことがある。どちらを使うかは客次第、と言うことだ。


 いつでも客に渡せる状態にしてから、できあがりを知らせる手紙をしたためた。鍵店から手紙が届くと、家族に問い質される可能性があるので、事前に鍵店からの連絡で良いか確認しておく。そのカモフラージュの為に、自宅の鍵を余分に作っていこうとする客もいる。


 後は、客の来店を待つだけだ。秘密を持った客は、早く受け取りたいけれど、他の客の目には付きたくなくて、人がいない時を見計らって来る。彼女も「支度中」の札を掛けて、他者の立ち入りを拒んだ。


 受け渡しは、忘れられた聖女の絵を飾った、同じ地下室で行なう。上質な布に包んで、木の箱に入れてあるものを開き、客に確認してもらう。客は皆一様に、できあがった秘密のお守りを見ると、ほっとしたような、納得したような顔をするのだ。そこで、彼女は自分の鍵が、きちんと客たちが心に持っている秘密の鍵穴にはまったことを確信する。


 この世に実存する、どの鍵穴にも合わない鍵。けれど、この世とは少し違う場所……例えば、人の心にある鍵穴にはぴたりと一致する。この瞬間をもって、客の秘密は守られるのだ。

 不思議な事に、この鍵を本人が手にした瞬間から、秘密は誰の目にも触れなくなる。正確には、その秘密を示す物が誰かの目の前に放り出されたとしても、その人はそれを正しく理解できない。不義の証になる手紙を夫が見たとしても、何のことだかわからない。汚損した上着を見ても、自分が貸した物だとは思えない。自分の病気について、子供と医者が話していても、自分が余命幾ばくもないとは考えつかない。


 それが、この秘密の鍵がもたらす不思議な魔法。ただし、本人以外の人間が触ってしまうと、その魔法は一瞬で解けてしまい、たちまち秘密は露見するだろう。この鍵を持つと、本来の秘密の保持についてはおろそかになりがちだから。人は楽な方へ流される。


 カモフラージュとして、別の合い鍵を頼んでいた客はそちらも受け取って店を辞する。それから二度と来ることはない。

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