わんあわーらいてぃんぐ

@Stellar8492

死体が転がっている話

 目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。

 黒いポリエステルの布で簀巻きになり、安っぽい白い仮面を被った死体。

 仮面は顔の上半分だけを隠していて、笑みを浮かべた下半分を隠そうともしない。

「えいやー」

 ずどん、と腰のあたりを蹴飛ばしてみる。

 勿論死体なので反応しない。

「ふんぬー」

 ぐりぐり、とお腹のあたりを踏みつけてみる。

 当然死体なので反応しない。

「ほいっ」

「ぐえ」

 お腹の上に乗ったら、何やら足元からカエルを踏み潰したみたいな声がした。

 きっとポリエステルの内側で飼っていたのだろう。

 小さな命には可哀想なことをしてしまった……。

 この死体、許せない。

「とう」

「――わああ無理死ぬー!」

 ごろごろごろー。

 跳んだ瞬間に情けない悲鳴を上げて逃げた。

 簀巻きのくせに俊敏な。

 というか死ぬとはなんだ死ぬとは。

 女の子の体重に言及するつもりか。

「ほんとの死体にしてやろうか」

「えっなになに一難去ってまた一難? やだやだ死にたくない脱げない助けてー」

 簀巻きでびたびたし始めた。

 面白いからほっとこう。

 そもそも。

「何でこんなことしてるの」

「何でってそりゃー暇だからじゃないー?」

「死んでたら判るし」

「そうだけどさー」

 ぴたり、と瞳がこちらを向く。

 プラスチックの仮面の奥、炯々と輝く瞳を見据える。

「時々死にたい気分になることだってあるでしょー?」

「……まあ」

「そんな時は少しでも死んでみれば――ま、気晴らしくらいにはなるかなー」

 視線が切れて、後頭部だけが見える。

「気楽にやろーよ。心が死んだらおしまいだけど、それまではせめて楽しくやりたいしさー」

 無言になった。

「……すう」

 と思ったら寝息が聞こえてきた。

 自由すぎる。

 ……心が死んだらおしまい。

 じゃあ心が死ななければ?

 10年? 100年? あるいは――

「――永いお付き合い、かなぁ」

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