第6話:戦友の死

――テンショウ21年4月9日 ドワーフ族とニンゲン族との国境線より西に300キュロミャートル地点にて――


 この日の昼、ドワーフ族とニンゲン族の国境線から西に向かって『コロウ関』の間にあるドワーフ族が建設してあった大小10の砦が全て、ニンゲン・エルフ連合軍の手により陥落することとなる。連合軍がオゥサカ城から出立してから1週間余りしか経っていないというのに、ここまでの快進撃を続けられたのは、ニンゲン族の軍師であるカンベー=クロダがおこなった『根切ねぎり』のおかげと言っても過言ではなかった。


 ドワーフ族の兵士たちは各砦に3000~5000人が配属されていたが、日に日に脱走者が増えていき、ニンゲン・エルフ連合軍14万に対して、ひとつの砦ごとに1000人弱で戦わなければならない状況へと追い込まれていた。ニンゲン軍の兵士たちは力押しを敢行し、砦に残ったその1000人弱のドワーフ族の兵士たちを皆殺しにした。


 砦内は血の海と化し、腹から臓腑がはみ出たドワーフ族の死体で埋め尽くされることとなる。さらにその死体を野に住む魔獣たちに喰わせるために、ニンゲン族の兵士たちはドワーフ族の死体を砦の外へとぞんざいに放り投げる。ニンゲン族が特に残酷な種族であるからこそ、このような死体に鞭を打つようなことをしているわけではない。


 これこそ『根切ねぎり』の真骨頂なだけである。自分たちに逆らえば、葬儀すら満足におこなうことは出来ないという姿勢を強くドワーフ族たちに見せつけたのだ。そうすることで、相手の戦意を大幅にくじくことが出来る。中途半端ではダメなのだ、この『根切ねぎり』という戦法は。逆らう者に対しては徹底的に叩かねばならない。


 ニンゲン軍に所属する諸将の中に、そのような無体なことはすべきではないと主張する将がいた。その名はナルマサ=バーンという壮年の将であった。ユキムラ=サナダと歳の近い将であったが、彼は公然と軍師:カンベー=クロダの策に異を唱える形となる。そのいさかいの仲介者として、ニンゲン軍の総大将であるタムラ=サカノウエが立候補する形となる。


「まあまあ、落ち着くでござる。カンベーもやりすぎなのでござる。諸将たちの中には眉間にシワを寄せる者たちが増えているのでござる。ここはひとつ、ナルマサ=バーンの言う通りに、降伏勧告の使者を差し向けてみてはどうでござるかな?」


「わかったのでごわす。しかし、その降伏勧告の使者にはナルマサ=バーン殿を任命してほしいのでごわす。それなら、おいどんも連合軍の勢いを止めることに賛成させてもらうのでごわす」


 カンベー=クロダが明らかに不満気にそう言いのける。さすがのタムラ=サカノウエも苦笑せざるをえない。だが、これ以上の『根切ねぎり』は不要であろうということで、カンベー=クロダの言う通りにナルマサ=バーンを使者にして、国境線を越えてから数えて6つ目の砦への降伏勧告の使者とする。


「それがしに万事、お任せくだされっ! 決してニンゲン族はドワーフ族全てと敵対したいわけではないと、説き伏せてみせましょうぞ!」


 しかし、それがナルマサ=バーンとタムラ=サカノウエの最後の会話になることは、タムラ=サカノウエ自身も予想できていなかった。この時点のニンゲン軍において、使者として出向いたナルマサ=バーンがドワーフ族の兵士たちの手により、棍棒で散々に滅多打ちにされ、さらには拷問の数々を受けることになることを予想していたのは、軍師:カンベー=クロダのみであった。


「使者をなぶり殺しにしただと!? あいつら、何を考えてやがるんだい!?」


 ナルマサ=バーンの訃報はエルフ軍の総指揮官であるカミラ=ティアマトの耳にも届くこととなる。彼女もまた、1000人弱まで減ってしまっていた砦に籠るドワーフ族の兵士たちに憐憫の情を抱いていた。出来るなら、さっさと白旗をあげてしまえば良いと思っていたのだ。だからこそ、ニンゲン軍が足を止めるというのであれば、エルフ軍も進軍を一旦止めることを約束したのであった。


 だが、結果は散々たるモノであった。荷馬車の荷台部分に乗せられて、送り返されてきたナルマサ=バーンは元が何だったかわからない程に棍棒で滅多打ちされており、さらには四肢を数センチュミャートル単位で切り刻まれていたのである。わかりやすく言えば、降伏の使者として送った人物が、ミンチ肉となって帰ってきたのである。こればかりは普段は温厚であるタムラ=サカノウエも激怒した。


 世界の常識として、いくら憎くて仕方がない敵国の使者と言えども、その使者に手をあげるのはご法度である。ましてや、それを拷問の末に殺したとなれば、それを成した者は魔物モンスター以下の扱いをされても致し方無いのだ。ニンゲン族の首魁であるタムラ=サカノウエは自分の判断が間違っていたことを、この一件でおおいに悔やむこととなる。


 『根切ねぎり』は兵法上、致し方ないことである。それをすることで、戦争自体が早期決着に向かうからだ。結果的にどちらの国民もいたずらに死ぬことは無くなるからだ。だが、使者をなぶり殺しするのは、世界の常識に反する行為である。ドワーフ族の国王はみかどという存在を否定した人物であるが、彼は彼なりの正義の下にそれを成そうとしていることを理解しているタムラ=サカノウエであった。


 だが、ナルマサ=バーンをなぶり殺しにした砦の将は常識すら持ち合わせていない人物であった。それゆえにタムラ=サカノウエは自ら兵を率いて、その砦を徹底的に破壊尽くし、さらには投降してきたその砦の兵士たち全員をミンチ肉に変えるようにと、部下たちに厳命したのであった。


 そして、カンベー=クロダに不平不満を漏らしていた一部の兵士たちも今回ばかりは、自分たちも非道に手を染めることとなる。そして、そこからさらに西にある砦に詰めるドワーフ族の兵士たちも同様のことをニンゲン軍にされることとなる。


根切ねぎりおこなえば、恨みを買うのは当然でごわす。しかしながら、ナルマサ=バーン殿のおかげで、緩みかけていた心が引き締まったのでごわす。我が戦友ともよ。貴殿の死は無駄にしないのでごわす……)


 カンベー=クロダは軍師である。軍師は遥か高みから戦場を見ることを義務付けられる。その視点の高さは総大将であるタムラ=サカノウエよりも上なのだ。自分はその位置に座している以上、間違いを犯してはいけないと、常に自分を諫めている。そして、自分の進言により、長年の戦友ともがむごたらしい死を迎えたとしても、人前で泣くことは決して許されないのであった……。

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