第8話:玉座のサイズ

 筋肉の鎧に包まれた男の雄姿に玉座の間に集う文官や貴族たちが真に愕然となったのは、空席となった玉座にけがれた女性を座らせたことである。全身をドロドロの液体で染められた女性が座っていい場所ではないのだ。あそこはドワーフ族が集いしダイクーン王国の象徴こそが座る場所なのだ。なのに、正体不明の筋肉だるまの男が玉座の間に侵入してきただけでは飽き足らず、玉座をけがす行為に文官・貴族たちは立腹し、へたりこんで座っていたところから立ち上がろうとする。


 だが、そんな非難めいた視線を受けた覇王は『喝ッ!!』とその口から音を発生させる。その声を耳に突き刺された文官・貴族たちは立ち上がる前に口から紅い泡を吹き、その場で昏倒してしまうのであった。


「ふんっ。国の寄生虫に過ぎぬくせに、われに意見を通そうとするでない也。われの女をこの国一等に素晴らしい場所に座らせただけだというのに、何を色めきたっている也」


 シノジ=ダイクーンはさも面白くないといった表情で玉座の背もたれの上に右腕を乗せて、ぞんざいにその玉座によりかかる。復活を果たした覇王の背は2ミャートル半はあろうかという長身であった。石棺から這い上がった時はワット=ワトソンとほぼ同じ身長であったのに、彼の姉から力を存分に受け取った後は、元の身長へと戻っていた。覇王の後を追っていたワット=ワトソンはようやく玉座の間にたどり着き、そこの玉座に視線を移動する。


 ワット=ワトソンは覇王と姉の姿を見るや否や、長年の疑問が氷解するに至る。マーロン=ダイクーンが玉座に座っている姿を何度も見たことがあったが、とてもではないが、マーロン=ダイクーンがその玉座に見合う男に見えなかった理由が判明したのである。


 そもそも、玉座のサイズ自体がおかしかったのだ。玉座の背もたれにぞんざいにもたれかかっている覇王:シノジ=ダイクーンを見て、アレは覇王の身体に合わせて造られた玉座であったことを自然と認識させられることとなる。そんな勇壮な玉座に今、座っているのは自分の姉であるアイナ=ワトソンであった。彼女はおろおろと慌てふためいている。彼女の足元付近にぐったりと横たわっている人物は、現時点でのドワーフ族の頂点に立つ男であったからだ。


 そんなマーロン=ダイクーンを差し置いて、自分が玉座に座っていていいのかとばかりに挙動不審になってしまっていたアイナ=ワトソンであった。覇王:シノジ=ダイクーンは玉座の背もたれに身体の右側を預けたままの状態でボリボリと左手で赤髪を掻き毟る。


「いい加減、目覚めるが良いっ!」


 覇王がそう言うや否や、玉座の間いっぱいに覇王の神気が一陣の風のように吹き荒れる。それは慈愛の風では無く、明らかに殺気が込められたモノであった。それが気付け薬となり、紅い泡を吹いていた面々が覚醒することとなる。無理やり覚醒させられた文官・貴族たちはのそりと立ち上がり、再び、玉座に視線を向け始める。腐ってもドワーフ族と言ったところであろう。これがニンゲン・エルフのもやし文官であったならば、覚醒するどころか、そのままあの世への渡し賃になっていたかもしれない。


 そんな彼らに向かって、シノジ=ダイクーンは、ふんっと軽く鼻を鳴らす。そして、覇王が視線を向けた先は何か物を言いたげなこの国の国主と宰相であった。2人は玉座からおそるおそる距離を開けつつあった。国主:マーロン=ダイクーンは気づいていたのだ。自分の身に流れる血が教えてくれていたのだ。玉座にもたれかかっている男が自分の祖先であることを。そして、国主:マーロン=ダイクーンが次に取った行動は玉座の間に集まる文官・貴族たちの眼を丸くさせたのである。


「覇王様! お目覚めになられたのでおじゃるなっ! まろは嬉しい限りでおじゃる!」


 自分たちのあるじであるマーロン=ダイクーンが筋肉の鎧に包まれた素っ裸の男に向かって、土下座したのである。そして、土下座した状態でかの男を『覇王様』と呼んだことで、ようやくその男が伝説の『覇王』であることを知ったのであった。覇王と呼ばれた男はさも面白くないといった表情で、ふんっと鼻を鳴らしてみせる。


「ま、ま、マーロン様! それは本当ですか!? それなら、僕はどうしたら良いのでしょうか!?」


「ええい、アンドレ! おぬしはこの国の宰相であろうがっ! まずは覇王様が着る服を準備することすらわからぬでおじゃるかっ!」


 おろおろと慌てふためく宰相:アンドレ=ボーマンに対して、土下座を敢行したままのマーロン=ダイクーンが首だけを曲げて、アンドレ=ボーマンに対して指示を飛ばす。『覇王』ともあろうお方を裸のままにしておくことがどれほど愚かなことかと言わんほどの非難の視線を飛ばすマーロン=ダイクーンであった。宰相はコクコクと3度、首を縦に振り、かねてより用意していた『覇王』のための衣装をもってくるようにと文官たちに告げる。


 そう告げられた文官たちは早足で玉座の間から退出し、数分後にはまた戻って来て、玉座にもたれかかっていた覇王に衣服を着せていく。覇王は文官たちが用意した衣服に袖を通し、最後にひとつの身体にふたつの頭を持つ獅子の刺繍が施された外套マントを羽織ることとなる。


「おい。われの嫁にも着るモノをもってこんか。何故にわれの女を裸にしておく必要がある也? 貴様らなどに見せるほど、われの女の裸は安くないっ!」


 覇王:シノジ=ダイクーンは激昂し、自分に服を着せた文官たちを叱責する。文官たちの不手際に怒髪天となった覇王はまさに『鬼』と呼んでも遜色ないモノであった。彼のトレードマークである赤髪が天に向かって跳ね上がっていき、その怒りの度合いが玉座の間に居る面々にはっきりと伝わることとなる。


 覇王:シノジ=ダイクーンの怒りは、彼の周りに居た文官たちの後頭部から脳漿のうしょうが飛び出すことで発散されることとなる。覇王:シノジ=ダイクーンがこめかみに青筋を立てつつ、ゆっくりと文官たちの額に左手の親指を近づけていく。トンと軽く文官たちの額に左手の指さきが触れると同時に、彼らの後頭部は水風船が弾けるように内側から弾け飛び、玉座の間の一角を汚す結果となる。


「ひ、ひぃぃぃ! 覇王様、どうぞ怒りの矛を収めてくださいっ! すぐにこの国一番の仕立て屋が織ったシルクのドレスを持ってきますのでっ!!」


 覇王:シノジ=ダイクーンに服を着させたのは3名の文官たちであった。その内、1名だけはお目こぼしをもらっていたのであった。それが意味することはただひとつ。1度だけ、過ちを許してやるという覇王:シノジ=ダイクーンの気まぐれな慈悲であったと言えるだろう。

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