【改稿版】神竜機関第3話(前)
聖流院魔術学園――かつて、私たちの村の人々が指示した伝説の魔術師の導きによって作られた極東魔術師たちの総本山とも言える場所。その門をいま、私たちはくぐろうとしていた。
「おおきな門……ほんとに学校なの……? これが?」
「ああそうか。ユマは初め来るもんな」
私を先導するかたちで歩く兄さんが振り向いて言った。
「うん。話には聞いていたけど、まさかこんなに広いとは思わなかった……学校って、みんなこんな感じなの?」
「いや。ここまでデカいのはないな。この学園は学園とは言うが、内部に一つの街を備えている」
道理で。
「……でだ。おのぼりさん仕草はこの程度にしといた方がいいぞ。オレらはここに、遊びに来たわけじゃねえんだ」
「う。……わ、分かってるよ」
私たちがここに来たのは、あくまでも交渉のためだ。
私たちの村を滅ぼし、神竜メイグラーヤを奪って行った賊――向こうの世界で【勇者連合】などと名乗る者たちに対抗するために、この学園に協力を求める。それが今の、私たちの目的。
「ここは、一見してそうは見えないが結構、監視の目が厳しいとこでもある。どこで誰に見られてるのか分かったモンじゃねえ。」
「……そんなに?」
「空を飛ぶ鳥の目はそのまま学園の誰かの目、地を歩くネズミの耳は誰かの耳。ここの連中は、ニコニコとした笑顔の裏でどんなエゲツないこと考えててもおかしかねえ。用心するに、越したことはないんだよ」
「こわ……。そんなところ相手に、交渉なんてできるの?」
いくら兄さんがこの学園の主席卒業生だからって、対等な交渉なんてものができるとは到底思えない。
しかも今は見た目が昔とは全然違う。性別も違えば種族も違う。向こうにしてみればただの転移者にしか見えないはずだ。
適当にあしらわれてしまうんじゃないだろうか。
「平気だよ。オレだって何も考えてないわけじゃねえ。それに、コスカルメア村が滅びて、神竜が奪われたって言われりゃ、向こうもオレらに協力せざるを得なくなるはずだ。……ユマ、お前がいるんだから、なおさらな」
「?」
それは、どういうことなんだろう?
兄さんは、答えてくれなかった。
◆
兄さんの案内でやって来たのは天を貫くようにそびえる、巨大な塔の前だった。
「ここから入れる」
どこに入るのかも説明せずに進む兄さんのあとを、私は追った。床板の下の隠された階段を降りて、薄暗くて湿っぽい地下通路を歩く。
何もないように見える壁を一定のリズムで叩いて、隠し扉を開ける。
その先に進み、今度は儀式を行うようにステップを踏んで回ること三回。ゴゴゴと重いもののズレる音がして天井が開いた。降りてきた梯子に掴まって、地上に出る。
「……ここは?」
「まだ途中だ。油断するなよ」
そう言うと、兄さんは出てきた場所からすぐ近くの川の中へ飛び込んだ。せっかく、交渉のために新しく服を買ったって言うのに、なにをしているのか――そう思いながらも仕方ないから飛び込んでみると、服は濡れなかった。
川の水面は、別の場所へ通じていたのだ。
そこは、洞窟の中のように見えた。灰色の岩に四方を囲まれた空間。出口も入口もないように見える。
しかし兄さんは澱みなく、そうするのが当然であると主張するかのような声音ではっきりと言った。
「我ら、竜の従者の意志を継ぐ者なり」
――お祭りの時に唱えるフレーズに似ている――。
そんな感想を口にする間もなく、次の変化が訪れた。
四方の岩が動き、組み変わり、私達の目の前に巨大な階段を形成する。
「……まだ、上るなよ」
兄さんはそう言うと、階段に背を向けた。
「――。――――。――。」
言葉ではない。それは詞のない歌だった。それはまるで、どこかで昔、聞いたことのあるような、どうしようもない懐しさを感じさせる子守唄のような。
メロディーが一区切りついたところで、兄さんは階段の方へと向き直った。
「今度は大丈夫」
私たちは、二人で階段を上る。
地上に出ると、そこは草原だった。遠く――東の方に塔が一個見えるだけで、それ以外には何もない。ここがまだ、学園の内部だと言うのなら街や学舎の影が見えても良いはずなのだが、草原全体が濃い霧に包まれているようで何も見えない。まるで、白い壁に囲まれているかのようだ。
現実感のない光景。夢の中に迷いこんだかのよう。
「あの、兄さん? ここって……」
涼やかな風が吹く。兄さんはセミロングの黒髪をなびかせながら答えた。
「聖流院魔術学園最大の秘密が眠る場所。カミスカラ島だ」
「……なんで、そんなところに?」
「話をスムーズにするため……ってとこかな。単純に教員に話付けに行っても、その辺の奴じゃ話にならないからな。こういうことはやっぱり、可能な限りトップに近い奴――少なくとも、ここのことを知ってる奴が望ましい。
――というわけだ」
兄さんは声を少し大きくして、この場にいる誰かへ向けて言った。
「聖流院魔術学園相手に、交渉がしたい。具体的には、オレたちに力を貸してもらいたい」
「……承知した。それでは色々と、話を聞かせてもらおうか」
どこから現れたのか、まったく分からなかった。
彼は、黒の蓬髪を垂らし、黒のローブを着込んだ、真っ黒なその大男は気が付いたときには私たちのすぐそばに来ていて、光のない双眸で私たちを見下ろしていた。
しかしそれで素直に頷かないのが兄さんだ。挑発するようにその大男に指先を向け、尋ねる。
「誰だ、あんた」
「……私はヨモツ。死について研究する魔術師だ。……かつては西の方で活動していたのだがな、故あって追放され、この学園に拾われた」
「ほう?」
「ついでにいうと転移者だ。私は、確かに死んだはずの己がなぜ今、ここでこうしているのかを知るために魔術師になった。……これで、自己紹介は十分か?」
「ああ、結構。しかし転移者か、そいつは益々重畳だな」
「……では、その階段を降りろ。カミスカラ島地上部分で移動関係の術式を使うことはできん」
私たちはヨモツに促されるがまま、階段を降りて地下へ。念のため後ろを確認してみると、ちゃんとヨモツも付いて来ている。
「謁見終了」
ヨモツが厳かな声でそう告げると、周囲の景色があっと言う間もなく、移り変わった。様々な景色が認識することさえも許されないほどのスピードで流れ――
「中枢管理棟。第5会議室へ」
ピタリ、と止まった。
そこは中央に長テーブルを備えた、縦長の部屋だった。窓からは暖かな陽射しが差し込み、遠くからは鳥の鳴き声が聞こえる。
普通の光景に、私は思わず安堵した。
ヨモツが椅子に座る。私たちも彼の反対側の席に着いた。
「――じゃ、聞かせてもらおうか。なぜ行き方を知っていたのか、我々と、何の交渉をしたいのか」
【続かない】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます