ワンドロ置き場
砂塔ろうか
2020年12月
目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。
目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。
部室は暗く、廊下から差す西陽が唯一の明かりではあったけれど、それが誰か、見間違えるはずもない。こんな綺麗な白髪のロングヘア、部長以外にありえない。
そう。部室の中で、内側から爆発したかのように臓物を血を撒き散らして斃れているのは、文芸部部長――
息が、浅い。
なんだ、なんで、どうして、なにが、わけが、分からない。
僕は部室に一歩入って、手でスイッチを探った。何か、ぬめるものに指先が触れた。無理矢理気にしないことにして、スイッチを押す。
「部長…………!」
見間違えであってほしかった。見間違えるはずがないのだけど、それでも見間違えであって欲しかった。しかし、見れば見るほどに、その死体は部長としか思えない。
凄惨な死体だ。普段なら、一瞬見てすぐに目を覆っていただろう。だけど、僕は目を逸らせない。
見開かれた瞳。何が起きたのか、きっと彼女は理解できなかったのだろうと僕は思う。
僕だって、わけが分からない。
――部長。部長の目は、なんで黒いんですか?
ふと、夏休み前に交わしたそんなやりとりを思い出した。僕は現実から逃れるように、回想の世界へと沈み込んでゆく。
我が文芸部は幽霊部員の先輩が数人いて、それで辛うじて部を存続させているのだと言う。一年生で入部したのは僕だけのようだ。
「みんな、ボクが不気味なんだろうね。アルビノのボクが」
自嘲気味に部長が言った。
「不気味だなんて、そんな……」
「でも、やっぱり人と違うというのはそう感じられるものなんだよ。良きにつけ、悪しにつけ、一目を集めてしまう」
「……それは、そうかもしれませんけど」
この時、僕はなんとかして気まずさを払拭したかった。それで、話題の矛先をなんでもいいから、逸らしたかったのだ。
「そういえば」
ふと、思いついた疑問を僕はしてみる。
「アルビノの人って、目が赤いって聞きますけど、先輩はなんで黒目なんですか?」
「ん? ああ、これ? カラコンだよカラコン。一応、赤目は隠しておこうと思ってね。……まあ結果は、ご覧の有様だが」
部長は肩をすくめた。がらんとした部室には今、僕と部長のたった二人しかいない。
「……じゃあ、部長もやっぱり本当は赤目なんですか?」
「確かめてみる?」
「へ?」
部長が、やわらかな笑みで自分の目を指差した。
「君の目の前でカラコンを外して、ボクの本当の瞳の色、見せてあげようか」
口調にはすこしだけ悪戯心が滲んでいる。からかっているのだ。
「い、いいです」
「そう? もったいないなあ。そうそう見れるモンじゃないんだよ。ボクの目は」
「いいです!」
僕は思わず、意固地になって、拒絶してしまった。
けらけらと何が面白かったのか、部長はしばらく笑いっぱなしだったのを覚えている。
――でも、その部長が、今は、もう。
現実に立ち返った僕は、自分の心音を聞いた。バクバクとまるで、耳元で鳴り響いているかのような煩い心音。
目の前の死体からは現実感が欠けている。そのせいだろうか、心のどこかで、部長はまだ、生きているのではないかという気さえしてしまう。
僕はかぶりを振った。
「いいや。いいやいいや! 目の前を見ろ! 先輩は……先輩は死んだんだ……」
く、と涙が零れる。そんな僕の肩に、誰かの手が置かれた。
「……?」
潤む視界。僕は顔を上げる。白髪が目に入った。
冬服の、黒いセーラー。長い白髪。透き通るようなピンクの肌。ああ、そんな、まさか。
あとずさって、その人の姿をまじまじと見る。涙を拭い、彼女が誰か、今一度はっきりさせようとして、――僕は言葉を失った。
「すまない。汚いものを見せてしまったね」
部長だ。悔恨の表情を浮かべながら、部室に転がってる死体とまったく同じ姿をした部長が、部室の外にいた。
「な、なん、で……?」
ともすれば、呼吸を忘れてしまいそうだった。
部長はたしかに死んでいて、でも部長はここにいて。
「あ、もしかして双子――」
「じゃあないよ。そこに転がってるのも、ここにいるのも、同じボクだ」
信じられない。僕はまじまじと部長の顔を見る。
そして、気付いた。
――あれ?
「部長、目が……」
目の色が、違う。それは黒でも赤でもなく――
「青、い?」
透き通る空のような、青色だった。
「……ああ、そうかカラコンはしてないんだった」
「ぶ、部長…………」
部長は僕の手を引いて、部室の外へと連れ出した。部室の扉を閉めて。そしてその、宝石のような瞳で僕をじっと見つめ、
「さっき見たものを、忘れてほしいと言われたら――
「ど、どうって……」
「見なかったことにして、日常に戻ってほしいってことさ」
「ぶ、部活は、どうなるんですか」
部長は部室の方へ視線をやると、気怠げな表情を見せた。
「当分は休みだろうね。というか、あの惨状を作った犯人を見つけないことには、ボクは学園生活を送れないだろう」
「な、なんで……っ」
「それを知りたいのなら、キミは決めるべきだ」
部長は、静かに、しかしはっきりと
した声で言った。
「何を見ても逃げないという、覚悟を」
◆ ◆ ◆
「それで、オレを呼び出したってワケか冬川ァ」
無精髭を撫でながら、文芸部顧問の佐伯先生は壁に背を預けた。
ここは文芸部隣の古典資料室。文芸部がかつて発行した部誌や、古典の授業に使う資料なんかが置かれている。
薄暗いその部屋の中で、僕は部長と佐伯先生が話しているのを黙って見ていた。
「彼に、呪詛をかけた犯人探しを手伝ってもらうだけです。承諾いただけませんでしょうか」
「……承諾、っつってもなァ。冬川。お前は自分が何言ってんのか、本当に分かってんのか?」
「どういうことでしょうか?」
「犯人探しを手伝ってもらう『だけ』、じゃあねぇンだよ。こういうのは、オール・オア・ナッシングだ。そしてこいつは、夏目はすでに知っちまった。それがどれだけ末端であろうと、異常に触れちまった。……ゆえに、こいつにハナから選択肢なんてありはしない」
佐伯先生は、静かに叱責する。
「はじめから選択肢のねえモンを『選択させた』と錯覚させんのはお前、詐欺師のすることだぜ? 仮にも文芸部部長なら、言葉には敏感になっとけ」
部長はばつが悪そうに身をすくませた。
僕は黙っていられなくなって、思わず口を挟む。
「そ、そんな言い方は……」
「夏目ェ。お前は黙っとけ。どのみち、この件がどれだけ大きなハナシなのかは、じぃ~っくりと聞かされるハメになるんだからな」
「…………、は、はい」
部長は顔を上げた。僕の方を向いて、頭を下げる。
「そんな、やめてください部長!」
「……私の不注意で、キミを巻き込んでしまった。それに、先ほどのもの言い……謝らせてくれ」
「わ、わかりました……もう、わかりましたから。せめて顔を上げてください。」
部長は申し訳なさそうにしながら、元の姿勢に戻った。こんな顔の部長を見ていると、こっちまで申し訳なくなってくる。
――しかし、あれはどういうことなのだろう。あの死体も、ここにいるのも、同じ部長だという話だが。
その点については僕はもうほとんど信じていた。目の前の部長が偽物だとは、どうしても思えないのだ。
でも、同じ人間が二人いるというのは、一体……。
「冬川ァ。さっそく、夏目が説明してほしそうにしてんぞ」
「あ、ああ……それじゃあ夏目くん、まずはキミが大いに疑問としているであろう、この私について説明するとしよう。そこに死体のある私が、なぜここで、こうして生きているのか」
【続かない】
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