お題:【ここで告白が成功したカップルは永遠に幸せになれる伝説を持つ樹の下で殺し合う男と男】
M県某市内に存在する私立作並高校、1960年代に開校して以来幾度かの改築と増築を繰り返して現在まで存続しているこの学校の校舎裏には一本の大きな桜の木が生えていて、その下で告白が成功すれば永遠に幸せになれる……なんていうベタな伝説がまことしやかに語られていた。
「……はぁ」
そして今まさにその木の下でため息を吐いている少年がいた。彼の名は
(待ち合わせの時間は16時ちょうど……ちょっと早く来すぎちゃったかな……)
深呼吸。告白のための言葉を脳内で何度も繰り返す。緊張した心のせいか、些細な物音が大きく聞こえる、ような気がする。腕時計を忘れたせいで正確な時間を把握できないのがもどかしく、爆発しそうな心臓の音が喧しくなってきた頃、近づいてくる足音が聞こえた。
「
上擦った声で呼びかける。だが、足音の主は見たこともない男子学生だった。
「え……誰?」
「ああ、初めまして……種子島さんですよね?中川さんを呼び出した……」
「君、中川さんの知り合い?」
その優男がにこやかにほほ笑むのを見た途端、自分でも理由が分からないままに頭がかあっと熱くなるのを感じる。
「……あの、中川さん、は?」
「ああ、彼女ならこの近くにいるよ。だけど、今のあなたに合わせるわけにはいかないんです」
「どうして」
どうして?どうして?どうして?どうして?
「どうして、アンタにそんなことを言われないといけないんだッッッッッッッ!!!!!!!!」
わからない。何も分からないまま
――気付けば、名前も知らないそいつを思いっきりぶん殴っていた。
人を殴ると手が痛い。重くて堅いものを殴っているのだから当然だ。肉や骨の感触が拳に伝わってきて気持ち悪い。
「——あ、あははは、は。そうですよねぇ一発くらいは殴らないと収まりませんよねぇ」
まだへらへらしている。首を飛ばすくらいの勢いで殴ったというのに、人の想いの邪魔をしておいて、まだあの男はへらへらと――
「ですが、これ以上は僕が死んじゃうんで、反撃させてもらいますね?」
瞬間、体が吹っ飛んでいた。痛みと衝撃、遅れて浮遊感、気付けば思い切り桜の木に叩きつけられて、背中が焼けるように痛かった。
「——————カハッ!!!」
殴られたのだ、と今更ながらに気付いた。痛い。痛すぎて上手く息ができない。呼吸がひゅうひゅうと粗くなる。僕は、俺は、あの優男をぶん殴らないといけないのに、体が動かない。
「さて、これで大人しくなりましたかね?」
じっと男を睨みつける。体を動かすため渾身の力を込める。男だけではなく、動かない己の体が憎らしい。憎くて憎くて憎い憎い憎い――
「じゃあ、そろそろ出てきていただけますか?中川ハルさん」
憎い、思いが、影から現れた彼女を見た途端に霧散した。
「え――え?中川、さん?」
その人には確かに中川さんの面影はある。けど、背が低い。腰が曲がっている。声がしわがれている。どう見ても、老婆だった。
「種子島さん、どうしてこんなに長いこと待ってるのよ……」
心の底から憐れむような声。その一言で、理解してしまった。彼女は間違いなく中川ハルさんそのもので、おかしくなったのは、僕の方なのだと。
「あの、これは……」
「えーっと、どこから話せばいいですかね?」
困惑する僕と老いた中川さんの間に優男が立ちはだかる。そこから、ぽつぽつと語り始めた。
「種子島幹雄さん、あなたはこの木の下に中川ハルさんを呼び出したんです。それが1971年5月————今から半世紀近く前のことです。」
「半世紀前……?」
非現実的なことのように思えて、けれどどこかそれに納得している自分がいた。
「この木の伝説はご存じですよね?告白が成功すれば永遠に幸せになれる伝説……まあ、どれくらい多くの人が信じていたのかはわかりませんが、”もしかしたら”程度でならば多くの人がそう信じていました。何十年も存続する学校の歴代生徒の半数くらい、と仮定しても数千人、その信仰が、告白直前に事故死したあなたの魂を絡めとった。最初は恐らくあなたも普通の地縛霊だったのでしょうが、時間が経てばたつほど桜の木があなたを離してくれなくなっていた、というわけです」
納得いただけましたか?と最後に付け加えた男はそのまま立ち去ろうとして
「ま、待ってくれ!」
思わず呼び止めていた。
「待ってくれ、その、じゃああんたはなんのために中川さんをこんなところに?今更、僕に何かさせる気だったのか?」
「分からないんですか?」
男は心底不思議そうな顔をして、ただ一言。
「告白、しないんですか?待ちに待った中川さんが目の前にいるのに?」
当然のように、そう言った。
「あ――――」
そしてようやく、僕は中川さんに向き合う。どうして最初からそうできなかったのだろうか、どうして最初から、こんなに悲しそうな目をしている彼女に気付けなかったのだろうか。どうして、彼女にそんな顔をさせてしまっているのだろうか。
「——あの、僕は」
◇
「結局彼、何も言わないで消えちゃいましたねぇ」
数日後、
「あのまま木だけ切っちゃえば本当に悪霊化しちゃうところだったんで手を尽くしたんですが……これ、気にしすぎでしたかね?」
「いえ……あの人、とぉっても遠慮しいだったのよ。だから、これでよかったの」
彼女は、いつくしむようにそう言った。
「ふむ、じゃあ僕の仕事も無駄じゃなかったってことですね」
言葉は無く、返ってきたのはただ優しそうな微笑みだけ。それはどんな言葉より、今日の仕事の成否を雄弁に物語っていた。
<了>
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