【おにぎり!】をテーマにした小説

「あのさぁ……どうでもいいんだけど早く決めてくれねぇかな?」


 真っ暗な室内で、そいつは非常に不満そうな顔をしている。いやまぁそうだろう、僕が彼の立場だったとしても幾らかは不機嫌になっていたはずだ。むしろ気が長い方だとさえ言えるだろう。


「すまない……もう少し待ってくれないか?たぶんもうちょっとしたら起きると思うから」


 気まずい思いで謝りながらちらりと脇を見る。僕の視線の先にいるのは机に突っ伏したまま気持ちよさそうに寝息を立てている少女、我らがオカルト研究部の部長こと皆川みながわ小鳥ことり先輩その人だった。


「さっさとしろよさっさとよぉ、悪魔だって暇じゃねぇんだぞ?」


 そしてこの至極当然な文句を言う浅黒い肌の男は本物の悪魔だ。そんなものが実在するなんてことはついさっきまで信じていなかったが、悪魔の話によればオカルト部で日に日にやっていた儀式が今日に限ってたまたま正規の悪魔召喚条件をクリアしていたらしく、本当に召喚されてしまったらしい。普段ならば質の悪い冗談だと一笑に付すところだが、事実として密室であるはずの部室に突如として出現した上にお試しとして様々な非科学的現象を起こすのを見せられては流石に信じないわけにはいかなかった。


 その悪魔が現れてどんな願いも叶えてやると言ったのが30分ほど前の話であり、何をやってもらうか考えはじめた部長の寝息が聞こえ始めたのがその直後のことだった。


「僕がこんなこと言うのもなんだけどさ……とりあえず僕の願いを聞いて帰るってのはダメなのか?」


「そうしたいのはやまやまだがよォ、悪魔ってのはかなり厳密な契約によってこの世に召喚されてるんだ。お前の願いを叶えてやるには召喚者……つまりそこですやすや寝てる女の承諾がいるんだよ。ていうかお前が揺さぶってでも起こしちまえばそれで済むんじゃねぇのか?」


「いや、その、なんというか寝ている女子の体に触れるというのは……」


「このクソ童貞野郎が!」


 勢いよく理不尽な罵倒をされて反論をしたくなったが、事実を言われた以上反論するのも間違ってる気がして口ごもってしまった。悪魔も悪魔でそのまま罵倒を続けてくれればまだ言いものを「なんか悪いこと言っちゃったな……」とでも言いたげな具合で黙ってしまったのだから余計にモヤモヤしてしまう。気を遣うな、悪魔が。


「その……良いと思うぜ?責任取れる年齢まではヤらねぇっていうの」


「いいから……そういう慰めは……」


 非常に気まずい空気が部室の中を包んでも、部長が目を覚ます様子は一向にない。早く起きてくれ、そしてこの時間を終わらせてくれ。


「そういやさ、悪魔に願いを叶えてもらうって実際どんな感じなんだ?」


 なんとかして空気を変えたくて、とりあえず思い付いたことを聞いてみる。悪魔もなんとなくこちらの意図を察してくれたらしく、そのまま気前よく喋り始めてくれた。


「別に大したことはねぇぜ?願いっつったってある程度制限があるのさ。簡単に言っちまえばソイツの分を超えた願いは叶えられねぇ。例えば世界の支配者にしてくれ、とかは大抵無理だ」


「大抵って?」


「世が世ならっていうのか?たまーにいるんだよ、生まれた場所や時代によっては本当に世界征服できてたかもしれねぇような素質を持ってる人間が。そしてもう一つ条件があってな、俺が叶えられる願いは心の底から願ったものだけなんだよ」


「つまり、世界征服できるくらいの素質があってそれを心から願ってるような人間がいれば世界征服が成立してしまう……?」


「そうそう、理解が早くて助かるぜ」


 悪魔は気分が良くなったのかくつくつと笑いながら話を続けた。


「そして当然だが、叶える願いには代償が伴う。それはどれだけデカい素質を持ってようが変わりはねぇ、叶えた願いの大きさに対して幸運なり体力なり寿命なり、なんかしらを俺が貰う」


「金が無い相手には貸さないけど、持ってる奴からは搾り取るって感じか」


 悪魔の言葉を自分なりに整理して、そしてようやく事の重大さに気付いた。


「おいちょっと待てよ、心からの願いってことは簡単な願いじゃ帰ってくれないってことか!?」


「お、お前ホントに理解が早いなぁ。そうさ、心からの願いともなればどうしたってそれなりの大きさになっちまうからな、俺もそれなりの代償を徴収できるって寸法よ」


 悪魔は、今までで一番悪魔らしく笑う。まずい、部長は今眠っているがそれは単に願いを言うまでの時間が少し伸びているだけだ。部長がどんな願いを持っているのかは分からないが普段からオカルト的なものを求めて動き回っている部長のことだ、軽い代償で済むような手ごろな願いで済む保証は薄い。それが幸運であれ体力であれ寿命であれ、大変なことになりかねない。


「なあ、頼むよ!とっとと帰ってくれよ!俺でよければ代償だって払うからさ!」


「言っただろ?悪魔の契約は厳密なのさ。それに大きい願いを叶えてやれば悪魔の間でも自慢できるんだよ。今まで聞いた中で一番スゲェのは確か……72の悪魔を従えた人間と最初に契約して知恵を与えた悪魔、アイツを超えるほどの願いを叶えてやろうといろんな悪魔が躍起になってるのさ!」


 悪魔は僕と対照的にどんどん口角を上げていく。今からでも時間を巻き戻して今日の儀式を止めてやりたい気分だ。そんなどうしようもない雰囲気が


「おにぎり!」


 そのたった一言で打ち砕かれた。


「……は?」


 悪魔は一転呆然として、そのまま両手を合わせ、再び開かれた後にはきれいな形のおにぎりが握られていた。


「おい!おいちょっと待て!いやだ!おにぎり一つのために召喚された悪魔になるなんて嫌だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 そんな間抜けな断末魔を上げながら、悪魔は闇の中に溶けていつの間にか消えていた。


「あれ?悪魔はどこ行ったの?何このおにぎり?食べていいやつ?」


 いつの間にか目を覚ましていた部長はいつの間にかおにぎりを頬張っている。その様子に緊張の糸が一気に切れてしまい、とりあえず僕は部長が眠っている間の顛末を説明した。


「私ねぇ、夢のなかでピクニックに行くところだったんだよ。お弁当に何を作ってほしい?って聞かれたからおにぎり!って答えたんだ。まさかそれで悪魔が帰っちゃうなんてなぁ……」


 そんな部長の言葉から推測することしかできないが、夢の中では本気で願っていたからこそ悪魔もそれを叶えざるを得なかったということだろう。こっちの気も知らずに随分のんきな解決をしたものだ。夢の話をしながらおにぎりを食べる部長の様子があんまりにも平和なものだから、怒る気力さえ無くなってしまった。


「けど惜しいなぁ、せっかくならもうちょい夢の再現してくれたらよかったのに」


 恨めしそうにこちらを見つめる視線、それに気付いていないふりをして明後日の方を見る。とりあえず、次は本物の悪魔なんて呼ばせないように目を光らせる決意を静かに固めながら。


<了>

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