お題【任意の作家の文体を真似】した小説

 目が覚めた時、最初に飛び込んできたのは真っ白な光だった。


「あ――あぁ」


 白熱電球の温かくも暴力的なあかりがコンクリートの空の中心に浮かびながら部屋全体に降り注ぐ。見慣れた光景。脱出ゲームの世界から飛び出してきたようなありふれた地下室。いつも使っている、二人っきりの秘密基地だ。


「あぁ、起きたんだ」


 地下室の入り口。部屋の片隅にある金属梯子の真下から甘ったるい声がする。この地下室の存在を俺以外に知るたった一人の女、御柱みはしら凪早なぎさだ。凪早の立つ梯子はちょうど俺がうたた寝していたベッドと対角線の向こう側に取り付けられていて、つい先日取り換えたばかりのピカピカな新品だ。立方体に近い形状の地下室は二人が好き勝手に物を持ち込むせいでミニ冷蔵庫みたいな小さな家電から何に使うのかわからない異国のオブジェまで色んなものが散乱していて生活感があるんだか無いんだかわからない。あとはゴミ袋の1つも転がせば立派な廃墟に見えるだろうというギリギリのところで踏みとどまっている。


「ん。どれくらい寝てた?」


「さぁ?いつから寝てたのか知らないし。今は7月8日の……だいたい午後2時くらいだよ」


 まずいな。大した予定があったわけでもないが貴重な休日を昼寝で4時間も使ってしまったという事実がぬぐい切れない後悔を生む。いやまぁ起きていたとしてもソシャゲのデイリーミッションを消化しつつSNSを眺めながら凪早の到着を待つくらいしかやることが無かったであろうことは想像できるので現状との違いがそこまで多いわけではないのだが、例え中身が薄かろうとも若い男の貴重な時間だ。体力を回復できたというだけで埋め合わせるにしては惜しい。


「今冷蔵庫になんか置いてるー?……げぇ」


 凪早はあからさまに分かりやすく不満を声に出しながら顔を顰めた。俺が地下室に来た時点だと冷蔵庫の中には強めのエナジードリンクと最近マイブームのニンニク味噌を詰め込んでいたはずだ。他に何か入っていた記憶は特にない。


「あんたさー、ミネラルウォーターとかマトモな食べ物とかも入れときなさいっていつも言ってるでしょー。あんたが食べなくても私の胃袋に入るんだから」


「文句あんのかよ。エナジードリンクは活動時間を増やすのに最適だし、ニンニク味噌はとりあえず白米の上に乗せるだけで美味しい最高の調味料なんだぞ」


「ニンニク味噌は認めるとして、エナジードリンクはやめときなさいよ。体力の前借ばっかやってるから今みたいに真昼間からダウンして眠っちゃうんでしょうに」


 ちょうど後悔していた部分を突かれてしまい思いもがけず反論が封じられてしまった。そんなこっちの気持ちを知ってか知らずか凪早は渋々比較的ライトなエナドリを取り出してちびちびと飲み始めた。


「そんなことより、今日はバイトの日でしょ。いいの?こんなところでグダグダしてて」


 話題を変えてくれたのはいいが、結局喋りにくい話題が連続してしまった。とは言えそれで聞きたかったことを聞き出すタイミングが生まれたのは事実なので差し引きで生まれた感謝を心の中でだけ述べておくことにする。


「あー、いいんだよそれは。今日はまずお前に用があったし」


「あたしに?」


 きょとんとした顔でこちらを見つめる。うん、まあそうだろう。普段から二人でつるむことはあっても、わざわざ特別に用があるという日はそうそうなかったのだから。


「そ、お前に。御柱凪早に。あのな……獅子口ししぐち塔李とうりって聞いたことある?」


 ――瞬間、凪早の顔が冷蔵庫を覗き込んだ時とは違う強張り方をする。オーケー、その表情だけ見れれば十分だ。


「もしかして、塔李サンが?」


「そ。次の患者……お前は来るか?来ないなら俺一人で片付けるけど」


「うーん……とりあえず、近くまでは行きますよ。一応顔見知りとしての責任……みたいなものがあると思うんで。直接手伝うかは五分です。その時のテンション次第で」


「了解した、んじゃお前さえよければすぐにでも出発するけど――どうするよ?」


「すぐにでも。モヤモヤしそうな案件はさっさと済ませてダストにシュートしちゃいましょう」


 あっという間にエナドリの残りを飲み干すと、見事なコントロールでゴミ箱にストライクを決める。それが燃えるゴミのゴミ箱であることを除けば完璧なコントロールだ。ターゲットミスを気に留めることもなく、凪早はあっという間に梯子を駆け上り地下室を飛び出して行ってしまった。……アイツ、場所も聞かずに飛び出していったな。それだけ焦りがあるのか、或いは普段通りの早とちりなのかはイマイチ判別しかねる。


「はえーよ……しゃーねー、俺も行くとするか」


 気怠いままの体に無理矢理エンジンをかけて立ち上がる。血液オイルが全身を駆け巡るイメージ。エグゾーストの代わりに呼気を吹かしながら肉体を駆動させる。


 ここからは、やりたくもないバイトの時間だ。





 ——魔人。書いて字のごとく、魔的な人間。人を辞め、それでありながらヒトのカタチを維持する歪な在り方。ここ数年、俺たちの住む園崎市にはそういう怖い人々が出没している。ある者は車を浮かせる念動力を、ある者は不死の如き治癒能力を、またある者は狼男ワーウルフさながらの猛獣に変質する身体を。バリエーション豊かな”異能”を手に入れた。見た目も能力もバラバラな彼ら彼女らに存在するのはただひとつの——すなわち、魔人になる前はただのであったという共通点が存在する。


 そして、世の中にはそんな奴らに歩み寄る心優しきカウンセラーが必要だ。例えば……同じ魔人のカウンセラー、みたいなやつが。


「さて、次の患者バケモノは聞き分けが良いといいんだが」


 願いではない。最初から叶いっこないと諦めて吐き出す言葉を願いとは言わない。だからこれは俺なりの決意だ。聞き分けが無くたって寄り添ってやる……そんな決意を胸に今日も患者の所に向かう時が来た。


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