第2話  ラーメン屋

       「冷水ひやみずラーメン」


「ここがうちの店だよ」

 

 駅の近くの商店街の一角にラーメン屋は佇んでいた。

 この商店街は商店街の割にかなり賑わっている。ここに引っ越して来てからは、ずっとここで買い物をしている。


「ほら、入って入って」


 綾乃に促されて店内に入る。

 中は4人掛けテーブルが4つとカウンター席が5席のかなり大きめだ。


「いらっしゃい」


 中からおばちゃんの声がした。


「母さんただいま」


 綾乃がそう言うと綾乃の母さんはこっちを見て


「綾乃お帰りなさい。あら今日は彼氏を連れて来たの?」


 綾乃の母さんが綾乃をからかう


「い、いや彼氏じゃないよ!」


 焦って否定した


「まだって事は、これからなるんだね。ほら座って座って」

「そ、そういう意味じゃ無い!」


 綾乃が真っ赤になって綾乃の母さんに抗議しているのを尻目に席についてラーメンを注文すると、綾乃の母さんに炒飯と餃子どちらが好きかと聞かれたの迷ったけど餃子が好きだと答えておいた。

 綾乃が言っていたが厨房にいるのが父さんらしい。

 ラーメンが来るまでの間、綾乃が着替えに行っているので綾乃の母さんに会話の相手をさせられた。


「あんた、転校生やろ?」

「なんで分かったんですか?」


 当てられてかなりびっくりした、多分一切顔に出てはいないが。


「そりゃ、この辺であんたの顔見出したの最近やからよ。最近よくこの商店街に来とるやろ」

「はい、来てますけどよく見てるんですね」

「まぁ、人の顔を覚えるのだけは得意なんよ。ところで名前教えてよ」

厳原隼人いづはらはやとです」

「隼人君か、いい名前やね。まぁ、綾乃と仲良くしてやってね」

「はぁ」


 気のない返事をしているとラーメンが出て来た。それと同じタイミングで裏から綾乃も出てきた。

 エプロンをつけた綾乃は、さっきまでは下ろしていた髪も耳より少し高い位置で結っていた。綾乃を見ていると


「綾乃が可愛すぎて、隼人君が見惚れてるよ」

「ち、ちょっとそんなにからかわないでよ!」


 また顔を赤らめて抗議している綾乃から目を離し、ラーメンを口に含んだ

 醤油ラーメンだ。麺は太めで歯応えがある。

 ふと、綾乃を見ると見覚えのある服を着ていた。

 3年前部活帰りに、川に落ちた女の子を助けた時着替えとしてあげた服と全く同じだ。でもそのとき助けた女の子は綾乃とは似ても似つかない子だ。だから、偶然だと思い考えるのはやめた。


「ほれ、おまけだ」


と言われて顔を上げると綾乃の父さんが餃子一人前と半炒飯を俺の前に置いた。その量にギョッとしたが両方とも受け取る。


「ありがとうございます」

「良いってことよ、これまで男っ気が無かった綾乃が連れてきた男1人目記念だ。しっかり食いな」


 そう言われて意外だった。綾乃は可愛い女の子のうちに入るので彼氏がいた事もあると思ったが違ったらしい。親が把握してないだけかもしれないので本人に聞く事にした。


「冷水は彼氏いた事ないの?」


 綾乃はいたずらを思いついた子供のような笑顔をニヤッと浮かべて


「冷水はここに3人もいるから名前で呼んでくれないと分からないな〜」


 別に下の名前で女の子を呼ぶ事にいっさい抵抗を感じていないので、苦にならない


「綾乃は彼氏いたことないの?」

「ないよー」


 綾乃は俺が何の抵抗も無く下の名前で呼んだことに少し驚いている様だった。


「は、隼人君も彼女いた事ないんでしょ」


 綾乃がムキになって下の名前で呼んできた。ムキになっているところが可愛らしい。  


「あぁ、朝のホームルームで言った事なら嘘だよ」

「えっ、なんで嘘ついたの⁉︎」


純粋に驚いているようだ


「言ったら絶対面倒な事になるから」

「面倒くさがりだな〜」


 はぁ、とため息を吐きながら言われた


「前はこんなんじゃなかったのにな〜」

「え?」

「い、いや何でもない!」


 ぼそっと言った綾乃のつぶやきはよく聞き取れなかった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 何気なく時計を見ると4時に近付いていた


「じゃあ、俺そろそろバイトが始まるから行くわ」

「じゃあ送っていくよ」

「別に送らなくていいよ」

「いいのいいの、私が送りたいだけだから」


 綾乃に構わず店を出る。綾乃は小走りで追いついてきた

 ずっと気になっていた事があったが聞かない事にした

 それからは少し会話があっただけだった

 商店街の終わりに着くと綾乃が立ち止まった


「じゃあ私はこっちだから。隼人君は向こうでしょ?」

「なんで知ってるの?」

「隼人君のバイト中にファミレスの前を通った事があるから」

「そうなんだ」

「じゃ、バイバイまた明日」


 綾乃が輝くような笑顔をこちらに向けて手を振ってきたので振り返した


「うん、また明日」


 そう返すと綾乃は走っていってしまった

 『また明日』明日は学校に行かないので会わないのに、そう返してしまった

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