第8話 分かれ道の道標

「影みたいのが君のパソコンに入ったような気がしたんだ。不思議に思って、パソコンを持ったけど普通のパソコンだった。中身はパスワードが必要だから、事情が知りたくなって、君を起こしたんだ」


「なによぉ〜、それぇ、何なのよぉ。なんで睦くんは平気そうで、なんで起こした理由が、心配したからじゃ無いのよぉ」


 香は一郷に、お姫様抱っこをされている。拉致があかないと判断した一郷は、香に騒がれるかも知れないと思ったが、覚悟を決めてお姫様抱っこを試みたのだ。香は、驚いたようだったが抵抗しなかったし、騒ぎ立てるような事もなかった。まだ恐怖の余韻で、それどころでは無かったのかも知れない。

 

 

「何が起きたのよぉ〜」


 逆に、一郷にしがみ付いた。

 一郷は香を抱きかかえたまま帰ることを決めた後、歩きがてら、何が起こったのかを、既に香から聞いていた。


「君と僕の話から総合して 推測するに、『黒』は、どうやら君を取り込む事に失敗したらしい、理由は分からないけどね。……だから一度、PCに戻った。その瞬間を僕が見たんだと思う。けれど、再び君を取り込む準備が整った。それで、あの黒くて細かい手がいっぱい出て来たんだと思う」


「なんでよぉ〜、なんで、私が取り込まれなくちゃいけないのよおぉ〜、それに何で私のPCに戻るのよぉ」


「だって、君の話だと、君の影から生まれたんだろ? 君に入れないんじゃ、君が愛用している物に宿ろうとするのは当然なんじゃないか?」


 一郷の推測を聞いて、香はゾッとした。一郷に見られたかどうかは分からないが、PCには『自惚れめ』と書かれていたのだ。見られていたとしても、数字が何を表しているのかまでは、一郷には分からないはずだ。

 香だけが分かった。分かっていた事が一郷の言葉で裏打ちされた。


 ––––あの『黒』は、私の『傲り』だ。


 香は『黒』の正体が分かってしまい、分かってしまったのが自分だけのが、怖かった。一郷に打ち明けようと思ったが、「なんだよ、君の所為なのか! 」などと一郷に言われて、置いて行かれるのは嫌だった。迷っていると……


「パソコンどうする?」


 いきなり一郷が立ち止まり、香が気を失っていた坂道を振り返る。二人は弾かれたようにその場を離れた訳ではないが、早くその場を離れたい意識はあった。その意識がPCの存在を失念させていたのだ。

 坂からは、それほど離れていない。取りに行こうと思えば、それほど手間をかけずに取りに行ける。抱きかかえられていても、これくらの距離なら甘えても良いかな?と思える程度の距離であった。普通であれば……、


 迷ったが、香はPCを取りに行くことにした。アレには香の『自惚れ』だけでなく、他の想いもたくさん詰まっている。ほとんどのモノはサーバー上にあったが、PC上のメモリに入っている『想い』もある。捨てていく訳にはいかなかった。

 ただ、この怪奇現象の原因を知っている香は、申し訳の無さから「自分で歩いて取りに行く」此処まで抱っこして連れて来て貰った手間の、その駄賃にもならないことを呟いた。

 一郷は言われた通り、香を下ろす。そして、こちらも迷いはしたが、香の後に付いてPCの場所まで一緒に戻ってやった。

 ––––まぁ、個人情報の塊だしな。

 一緒に戻りながら、気持ちの悪いモノを、敢えて拾いに行く香の行動に、道理をつけようと考えた。つけなくて良い道理が、この先 二人のどんな道標になるかも分からずに。

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