第2話 昏倒
只、大きく書き出されているだけでも、冷や汗と眩暈を 体内から無理矢理 引きずり出されただろうに、加えて文字には悪意が宿っていた。
悪意に満ちた文字で綴られた 香の詩の周りには、嘲りの言葉や落書きが見て取れる。「厨二」・「陰キャ」・「ポエマー」・「夢見る文学少女」など、普通であれば罵りにならぬような言葉でさえ、そこに並んでいるだけで嘲笑を放っているように見え、聞こえる。
だが、それだけでは、香は 不登校にならなかっただろう。
「厨二」・「陰キャ」などの月並みの言葉は、普段から 陰で言われているのは知っていた。サイトのコメントでも貰ったことがある。
不愉快ではあるが、香にとっては語彙の少ない同学年の子供達が、覚えたての言葉を使って、どこへ向けて良いのか分からないエネルギーを 発散させているに過ぎなかった。
耐性は十分あった。
香にダメージを与えたのは、誰にも触れられぬように秘密にし、大切に積み上げて来た言葉達を、垢のついた手でデリカシーもなく捏ねくり回されたこと。
と、もう一つ。
『
香の上唇の黒子を「黒歴史」になぞって揶揄った言葉が、愉快そうに黒板の上で飛び跳ねていたことである。
「あ、……う…」
香りは、このホクロがコンプレックスである。
言葉にできない。
言葉が出てこない。
webにコッソリと詩を投稿している者の大半…いや、それ以上の人。その人達のメンタルはガラス細工…いや、それ以上に脆い。
香は心が割れたときの、甲高い音を聞いた。
窓から入り込む朝の光がやけに眩しい。
見たくもないのに、天井が見えてくる。
やがて背中と後頭部に、鈍い衝撃があったが、香の意識は その時にはもう、衝撃を感じることさえ出来ない状態になっていた。
「あら、倒れちゃったよ」
「そんなメンタルで、良く詩が書けるねぇ」
最後に見たのは、倒れた香を覗き込む クラスの生徒の顔だった。
心配などはしていない、けれど嘲りもしていない。
落ちた消しゴムを拾うかのような、顔、顔、顔。
その日を最後に、香は学校に姿を見せなくなった。
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