【終章/傲慢 pride】
傲慢 pride_01
枩葉龍之介は素直に取り調べに応じた。
犯行はすべて自分で考えてやったと言う。殺害方法は兵藤静香の『黄金の林檎』を参考に、インターネットや図書館で調べて、工夫し、実行したのだ、と。
三嶋に対する恨みは正直に口にした。脅されて凌辱されていた事、ずっと殺してやりたいと思っていた事なども赤裸々に打ち明け、園部峰子に申し訳ないと言って泣いた。
三嶋以外の被害者、鵜辺野遼、高塚栄治、大江裕太の三人は、新宿二丁目のバーで声を掛けて来たから選んだと供述した。自分から声を掛けたわけではないと言われて、捜査の仕方に誤りがあったと気付く。捜査員達は「被害者になりそうな人物に声を掛けていた怪しい男はいないか」と訊ね歩いていたのだから、見つかるわけがなかったのだ。
十一月八日、逮捕された日の動向も素直に供述した。夕方、偶々兵藤の邸を見に行ったら、マスコミの姿が無かったので邸内に侵入し、その場にいた兵藤と山名をスタンガンで脅して拘束し、そのまま立て籠もるつもりだった、と。
逃亡した十一月六日の午後から、八日の夕方に兵藤邸に押し入るまで、約五十三時間の枩葉の足取りは掴めていない。近隣のコンビニや飲食店、漫画喫茶などの防犯カメラの映像を任意で提出してもらい調査したがどこにも枩葉の姿は映っていなかった。どこで、どうやって、身を潜めていたのか分からない。その件に関しては完全に黙秘している。
三嶋和臣殺害の動機は暴行を受けた事による怨恨、二件目以降は動機不明のまま快楽殺人として片付けられた。
一連の事件は、個人的な怨恨を動機に、枩葉が以前からハマッていた兵頭静香の『黄金の林檎』という作品に出てくる殺人犯を模倣し、最初の事件を犯して以降、なぜか他の被害者も同じ方法で殺し続けた奇妙な動機の連続殺人──と警察では理解された。捜査員の中には「最初の殺しで味を占めて癖になったのでは」と言う者さえいた。
マスコミは、異常なストーカーが起こした連続猟奇殺人事件と断じ、被害者のうち三人がラブホテルで殺害されていた状況などから「同性愛殺人・ゲイの連続猟奇殺人鬼・歪んだ性衝動」――などと煽情的かつ非人道的に報道した。被害者や遺族のプライバシーも暴き立てられ、インターネットには様々な下衆な噂や憶測、誹謗中傷が書き込まれた。
それすらも一週間も経てば下火になる。
被害者遺族の人生に決して消えない残酷な傷跡を残しながら、無責任で冷淡で勝手な世間は次第に落ち着きを取り戻して行った。
***
捜査本部も解散になり、片付けもあらかた済んだ新宿署の講堂で、二階堂は晴翔と向かい合わせに座って缶珈琲を飲んでいた。最初は気に入らない奴だと思ったが、捜査が終了し、相棒を解消する段になると、妙に寂しく、別れがたい気分になる。
晴翔は最高の相棒だった。
「二階堂さんも食べます? 新発売のチョコ」
「いや、いらん。チョコレートはしばらく食いたくない」
「そうですかぁ。美味しいのになぁ」
まったく別れの寂しさを感じさせない態度に、少し虚しくもなるが、まあ、こんなものかもしれない。本気で会いたくなれば飲みに誘えばいいのだ。
気持ちを切り替え、二階堂は気になっていた話を切り出した。
「拘置所に身柄を移された枩葉だけどな、須貝さんが面会に行っているらしい」
「あの養護施設の施設長ですか? 忙しそうだったのに、よく時間がありますね」
「峰子さんが施設に毎月寄付をすると申し出たらしい。それで須貝さんは新しいスタッフを雇って、枩葉のほうに手をかける時間が出来たって事だ」
「峰子さんと米原さんは面会には?」
「枩葉が拒否している。でも、須貝さんが説得中だ。枩葉だって本音では峰子さんと米原さんに会いたいはずだ。いずれは話し合える日も来るだろう」
「でも、早くしないとマズイですよね。枩葉はおそらく極刑でしょうし……」
どんな事情があろうとも、被害者の貴重な命を奪ってしまった事実は消えない。重苦しい沈黙に耐えかね、二階堂は話題を変えた。
「そう言えば、取り調べで枩葉が黙秘している、六日午後から八日の夕方まで約五十三時間の足取りの謎なんだが、俺は、枩葉はずっと兵藤静香の邸にいたんじゃないかと思うんだよ。と言うか、そうとしか思えないんだが、おまえはどう思う?」
「俺もそう思いますよ」
あっけらかんと言われて、少し拍子抜けする。
「あの先生が枩葉を匿っていたのか……」
まさか、と晴翔は両手を広げて首を横に振った。
「違うと思います。面白いオモチャで遊んでいただけじゃないですか」
「おまえ、その言い方はちょっと……厭らしいぞ」
はいはい、すいません、じゃあ言い直しますよ、と不貞腐れた調子で悪態を付いて、晴翔は先の言葉を言い替えた。
「二晩掛けて、枩葉を煽てて、犯行の一部始終を語らせて、猟奇殺人を犯して壊れてしまった男を観察して愉悦に浸っていたんだと思いますよ」
「言い替えてもエグイなぁ。あの先生に恨みでもあるのか?」
「兵藤静香は怪物ですよ」
晴翔は吐き捨てるように言い、二階堂も否定は出来なかった。
「それにしても、六日の夜から枩葉が兵藤邸に居たのだとしたら謎が残るんだよな。おまえ、何か分かったって言ってなかったか? あの厳重なマスコミ包囲網の中、どうやって誰にも見られずに邸内に入ったんだ?」
「ヒントは山名絵未さんですよ」
「山名絵未……全然分からん。説明してくれ」
にやり、と晴翔は唇の片端を上げた。
「あの日は推理しただけでしたが、今は津谷さんに裏を取ってあります」
「もったいぶらずに早く教えろ」
「山名さんは毎日同じくらいの時刻に兵藤邸に通っていました。概ね七時半から八時の間だったそうです。兵藤先生は猟奇殺人犯に影響を与えたという事だけではなく、美貌でも注目を集めていました。事件のせいで素顔が知れて女性ファンが激増したらしいです。ハンサムな兵藤静香が婚約でもしたら、それはそれでニュースになるでしょう?」
「それが何なんだ?」
「一大スクープに成り得ますから、山名さんが来ると見られる七時半から八時の間、取材陣は総出で表門を囲っていたそうです。つまり、毎日その三十分間は、裏門は死角になっていたんです。一度邸内に入れてしまえば駄々っ広い豪邸ですからね。山名さんに知られずに枩葉を隠しておける場所はいくらでもあります」
「なるほど」
二階堂は思わず膝を打っていた。
「……ん? でも、どうやって枩葉はその情報を知ったんだ?」
「兵藤先生が伝えたに決まってますよ。近隣の公衆電話すべてを洗えば、十一月六日の午後、兵藤先生の自宅へ発信した記録が見付かるはずですよ」
「じゃあ、やっぱり兵藤は共犯じゃないか」
「公衆電話の発信履歴だけでは証拠になりません。手を出すだけ無駄です」
「しかし、本当にそんな恐ろしい怪物なんだとしたら、今度はあの先生が猟奇殺人を犯さないか不安になるな」
ふんっ、と晴翔は鼻で笑う。
「兵藤先生は自分の手を汚すような愚かな真似はしませんよ。だから、恐ろしいんじゃないですか……」
「そういうものなのか……?」
その時、二階堂のスーツのポケットで携帯端末が震えた。
ぶつぶつと文句を言い続ける晴翔を尻目に、二階堂は携帯端末を盗み見た。早瀬あずさからメールの返信が届くはずなのだ。今夜は志保の店を貸し切りで予約してある。あの隠れ家で、誰にも邪魔されず、あずさとシャンパンを空けるつもりだ。付き合って欲しいと告白するには、まだ早すぎるだろうか……
***
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