強欲 avarice_11
晴翔は慎重に言葉を選ぶ素振りを見せた。
「枩葉は誰かの影響を受けて、いや、支配下にあって、自分の本質とは違う行動をしている気がします」
「三嶋和臣か?」
「いいえ、三嶋ではないと思います。確かに、関係者たちの証言を聞く限り、三嶋さんにはサイコパスの特徴である他者操作性がありますが、小物なんですよ。どこかに三嶋を超える、もっと、遥かに強大な影響力と支配力を持った怪物のようなサイコパスがいるはずです」
「それが、あの先生だって言うのか?」
「俺には誰かが枩葉を唆したとしか思えません。だって、あの凌辱されていた動画……あの動機を考えれば三嶋を殺す理由は納得出来ます。でも三嶋一人を殺せば事足りたと思いませんか? どうして他の二人、可能性も含めれば合計五人を殺すことにしたのか、動機がまったく分かりません。殺人を繰り返すように、誰かが枩葉を誘導したはずです。それは、おそらく――」
晴翔は明言するのを避けていたが、何を言おうとしているのかは明らかだった。
「二階堂さんも俺と同じように感じたんじゃないんですか? あの先生、枩葉が犯人だって最初から知ってたと思いますよ……」
「勘に頼るのは良くないぞ」
二階堂はガシガシと髪を掻き回し、乱暴に息を吐き出した。
「……ったく。だが、俺も同じ意見だ」
ふふっ、と安心したように晴翔は笑った。否定されなくてホッとしました、と。
「でも、当初の目的だった枩葉の手紙、決め手になりそうもないですね」
「妄想を書き連ねているようにしか見えん。枩葉の部屋にあった返信の手紙と突き合わせてみても、あの先生の不利になるようなネタは何も出なそうだな」
「メールも同じような感じなんでしょうね。あの先生、恐ろしく用心深いですよ。三嶋さんも相当でしたけど、あの先生は桁外れです」
ふう、と晴翔は溜息をついた。
「峰子さんや須貝さんの話を聞く限り、枩葉はサイコパスじゃないんですよね。繊細で気弱な、どちらかと言うと思い遣り深い、共感性の高いタイプです。サイコパスの最大の特徴は共感性の著しい欠如です。そういう意味では三嶋和臣は典型的な例です」
二階堂が頷くと、晴翔も頷き話を続ける。
「サイコパスは、幼少時から、命の軽視、暴力の肯定、性的な奔放さや逸脱、残忍な冷酷さなどが見られ、自己中心的で無責任、そのくせ自分を良く見せる欺瞞に長けていたりもします。誰かを虐げ搾取する一方で、社会的には良い人と言われているケースも多いんですよ。自分の痛みには敏感に反応する一方で、他者の痛みには鈍感で、気に入らない事があると事態を自分の思い通りにする為に、脅迫や暴力を用いて憚りません」
「確かに、三嶋和臣は典型的なサイコパスだな」
「枩葉龍之介は条件に当てはまりません」
「そんな普通の奴が、いくら精神的に支配されていたからといって、連続殺人を犯すシリアルキラーになれるものだろうか。どうしたって相当の心理的抵抗があるはずだぞ」
「感応性精神病──フォリアドゥって知ってます?」
「まさか、これが感応性の殺人だとでも言いたいのか?」
「枩葉は自我が薄い。孤独な老婦人を見返りも求めずに見舞い続けた一方で、三嶋さん以外の罪も無い無関係の被害者達まで惨殺している」
「ちょっと待て。三嶋以外の被害者が無関係かどうか分からんだろ」
「いや、鵜辺野さんと高塚さんは、三嶋さんのした卑劣な行為とは無関係ですよ」
「なんで断言できる? それを直感で決め付けるのはマズイぞ」
そうですね……と口ごもり、晴翔は考えを纏める為にしばし黙り込んだ。
「理由はあります。鵜辺野さんと高塚さんも三嶋さんの仲間で、みんなで枩葉を凌辱していたというケースも考えたんですが、それは有り得ません」
「なぜそう言い切れる?」
「第一に、被害者が共謀していたなら、三嶋さんが惨殺された後で、枩葉と一緒に密室に入るわけがないです。自分も殺されるんじゃないかと警戒しますから。二件目以降は顔見知りでなく、因縁も無く、三嶋さんが誰に殺されたのか推測も出来ない真に無関係の人物でなれば、殺害は非常に困難になります」
なるほど一理ある──と二階堂は内心で呟き軽く頷いた。確かに、もしも鵜辺野と高塚が三嶋と共謀して枩葉を虐待していたなら、三嶋が殺害されたと報じるニュースを見れば、犯人は枩葉だと考えるのが自然だ。そして、次は自分が殺される、と怯え用心するだろう。枩葉と密室で二人きりになるはずがない。
「それは、確かにそうだ……」
でしょう、と頷いて晴翔は話を続ける。
「第二に高塚さんの人間性です。彼は単純に共犯者には向きません。秘密を隠しておけるタイプじゃないですよね。実際、違法薬物の売人として組対の捜査線上に上っています。あれ、自分から仲間に自慢げに喋った事が原因だそうです」
バカですよね、と晴翔は苦笑を浮かべ肩を竦めた。二階堂も同じ気持ちだ。
「ドラッグの所持売買は現行犯逮捕しかないので、偶々逮捕に至らなかったようですが、逮捕されるような事案を軽々しく周囲に漏らしていたわけで、秘密を守れないという証明になっています。異常なまでに慎重な三嶋さんがそんな高塚さんを共犯に選ぶわけがないんです」
「なるほど……」
二階堂は次第に晴翔の論に引き込まれて行った。
晴翔の言う事はもっともだ。
自己愛の強い自慢屋は承認欲求の命じるまま、ある事ない事べらべらと喋りまくる。そんな口の軽い人間はとてもじゃないが共犯者にはできない。仮に、自分が誰かと秘密を共有するとしても、絶対に高塚のような奴は選ばない。
「それに、伊東さんに対してしていたように、相手の弱味に付け込んで支配するのが三嶋さんの手口です。高塚さんは脅迫するには向かない相手です。腹を立てたら暴力に訴える浅薄なタイプですし、対して三嶋さんは言葉で人を支配するタイプです。喧嘩になったらプロボクサーを目指した事もある高塚さんに三嶋さんは勝てなかったでしょう。三嶋さんの性格なら支配できない相手を身近に置きません」
「それも分かる」
「蛇足ですけど、支配欲の強い人間はお気に入りのオモチャをわざわざ共有する事はありません。そういう様々な理由から、三嶋さんは単独で枩葉を凌辱していたと考えるのが妥当です。蓋然性が高い。だから他の被害者は無関係、という理屈です」
「分かった。納得できたよ……」
良かったです、と晴翔は片目を瞑り親指を立てた。
「というわけで、話を戻すと、峰子さんを見舞い続けた事と、無関係の被害者を惨殺した事、二つの行為には乖離があります。なんと言うか――」
晴翔は言葉を区切り、じっと二階堂の目を見詰めた。
「三嶋さんも含めた一連の殺人は、別の誰かの意思が介在しているような……もっと言えば、別の誰かの衝動を代理で実行しているような気持ち悪さがありますよね」
***
二階堂は唐突に、最初の事件の際、三嶋和臣が惨殺されて発見されたあの日の現場で、損壊された遺体を前に監察医の榊原医師が語った個人的所見を思い出した。
「人間は目的がなければ面倒なコトはしない」
枩葉の目的……それは何だ?
榊原医師は、あの後、確か、こう言った。
「胸骨と心臓が取り出されているが、目当ては心臓を取り出す行為そのものだったと考えられる。胸骨は心臓を取り出す際に邪魔だっただけだろう。損壊の目的は心臓と林檎を入れ替える事だった。そんなところじゃないかね。犯人は、この遺体に愛着が無い」
遺体に愛着が無い。
遺体に愛着が無い。
遺体に愛着が無い。
遺体に愛着が無い。
遺体に愛着が無い。
それは別の対象に愛着があるからだ。
犯人の枩葉龍之介は、本当はどんな人物なのか――
血の海に浮かぶ遺体。
蠟のように白い死者の肌。
切り裂かれた肉の断面。
取り出された胸骨と心臓。
黄金の林檎。
それらすべてが、誰か他の人物の為のモノだったとしたら――
だが、一件目の三嶋殺害は怨恨だ。そうに違いない。
三嶋を殺して、殺人の味を占めてから、唆されて快楽殺人者になった?
それでは、三嶋殺害の時から五体の水晶の動物を置き始めていたという一貫性に説明が付かない。最初から計画性のある連続殺人だ。三嶋の横に水晶の馬を置いた。それはすなわち、三嶋を殺す前から、心理テストに出てくる動物の種類と同じ数、五人を殺すつもりだったからだとしか思えない。
すべては兵藤静香に捧げる殺人なのか?
兵藤の為に、作品を真似た連続猟奇殺人事件を犯すついでに、どうせだから、と凌辱されて恨んでいた三嶋を生贄に含めたのか? 丁度良かったから恨みを晴らした? 見世物めいた劇場型犯罪を披露するついでに、三嶋を殺した?
そんなバカな――
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