強欲 avarice_03

「何がだ?」

 全員が晴翔に視線を集める。

「その質屋に売られていた動物は七体しかないでしょう? 殺害現場に残されていた馬・牛・猿だけじゃなく、羊と虎も足りないんじゃないですか?」

 きょとん、と堅城は目を見開いた。

「お、おお……そうだ。羊と虎も無かったが……なんで分かった?」

「ビンゴです!」

 晴翔が快哉を叫ぶと、堅城と但馬は意味が分からないという顔で首を突き出した。二階堂も理解が追い付かず混乱してしまう。

「おい、晴翔、何の話をしてる? もっと分かりやすく説明しろ!」

「質屋に売られていた残りの七体を堅城さんと但馬が見付けてくれたおかげでハッキリしました。たぶん俺の予想は当たってます」

 但馬は晴翔が時々そうなる事を知ってはいたが困惑顔で首を捻った。

「まあ、とにかくこれの元の持ち主が誰か近隣で聞き込みして割り出さんと……」

「聞き込みなんてしなくても、もう元の持ち主は分かってますよ」


   ***


 四人は揃って新宿署へ戻り、捜査会議に臨んだ。

「三嶋和臣を名乗る人物が、園部峰子の家から持って行ったブツが、例族猟奇殺人の犯行現場に残されていたと考えても良さそうだな」

 堀田係長の言を唐尾係長が受ける。

「偶然、犯人も同じ品を持っていたのでなければ、ですね」

 晴翔が常の軽い調子で片手を上げる。

「峰子さんのところで写真を見付けた時は、十二支に見立てて十二人殺すつもりかと思ったんですけど、これが売られていた……というか、門の前に置かれていたという事は、犯人は使わない分は峰子さんに返そうとしたんでしょうね。妙に律儀ですね。まあ、とにかく、必要な動物は馬、牛、猿、羊、虎の五種類だけだったという事ですね」

「すでに三人殺されてるわけで、あと二人殺すつもりだという予測が成り立つな」

「馬、牛、猿、羊、虎……どうしてこの五種だけ残したんでしょう?」

「何か意味があるのか?」

「勘ですけど……一時期流行った心理テストかも」

「心理テスト?」

「貴方は馬、牛、猿、羊、虎を連れて草原を旅しています。しかし食料が乏しくなってきたので一頭ずつ手放していくことにしました。どれから手放しますか?」

「なんだ、それは?」

「手放すのが早いほど重視していないもの、後に残すほど大事なものだそうです。馬は地位。牛は財産。猿は子供。羊は恋人。虎はプライド」

「どういう意味があるんだ?」

「さあ?」

「まあ、遺留品の可能性潰しは必要だが、現時点でも、現場に残されていた動物の置物は峰子の家から和臣を名乗っていた人物が持って行った品とする蓋然性が高い。となれば、そいつが犯人で間違いないだろう」

 犯人――

 間違いなく、これを持って行った奴が犯人だ。

 三嶋和臣に成りすましていた奴がいたのだ。誰かが――

 再び晴翔が立ち上がった。

「俺達は、何者かが三嶋和臣に成りすましていたと考えています。母親の証言、三嶋の遊興歴などから、三嶋本人が園部峰子を訪ねていたとは考え難いのです」

「だから、そいつが伊東だろ?」

 断定した堅城に、講堂の隅から滝川の罵声が飛ぶ。

「有り得ない。孫を間違えるわけがない」

 ちっ、と堅城は舌打ちし、晴翔は構わず発言を続けた。

「オレオレ詐欺なんかで他人を孫と間違える事例なんて幾らでもありますよ。しかも園部峰子は盲目です」

 唐尾係長は狐面のような冷たい顔でじろりと晴翔を睨む。

「そうは言っても、さすがに別人が来れば気付きませんか? 園部家には住み込みの家政婦もいましたよね。家政婦は盲目でもないし、まだそんな歳でもないでしょう?」

「祖母も家政婦も、子供の頃の和臣しか知らなかったのでは? 和臣は小学校卒業を機に母と共に祖母の家を出て以来、祖母とは疎遠になっていたようで、二年前の正月まで一切行き来は無かったと、その証言だけは、関係者全員一致しています」

「それで騙されるかねぇ……」

 滝川が難色を示し、今度は郷田が受けた。

「まあ、騙されるとしたら、二年前から誰かが和臣に成りすましていたって事だ」

「二年は長いな。そんな長い間、よく襤褸が出なかったもんだ」

 堅城が唸り、黙って成り行きを見守っていた早瀬管理官も、ここで意見を述べた。

「話を合わせる為には、和臣さんの個人情報だけでなく、祖母峰子さんの個人情報も相当程度必要になりますよね。何も知らない人間に出来る芸当とは思えないのですが……」

「ますます伊東が怪しいな。伊東は三嶋とは大学一年からの付き合いだ。なら、色々と話を聞き出せたんじゃないか。祖母の話や、子供時代の話なんかを……」

「犯人は何の為に二年もの間、園部峰子を騙していたんでしょう?」

「園部峰子は資産家です」

「金を騙し取るつもりだったのか? それにしては時間を掛け過ぎじゃないか?」

「ええ、被害が一銭も出ていないのは解せませんね……」

「一度、犯人像を整理してみませんか?」

 早瀬管理官の提案で、大利根が犯人の条件をホワイトボードに書き出していく。


   ***


  ・華奢で小柄な男。

  ・三嶋の現場には馬、鵜辺野の現場には牛、高塚の現場には猿が残されていた。

  ・園部峰子に譲られた水晶の動物──干支の彫刻を所持していた。

  ・三嶋和臣に成りすまして園部峰子邸を頻繁に訪れていた。

  ・和臣と祖母峰子の情報を持っていた。

  ・園部峰子を訪ねる際はタルト・タタンを手土産にしていた。

  ・被害者を昏睡させる為、薬物入りのチョコレートを作っている?

  ・被害者にアブサンを飲ませている。

  ・兵藤静香の著書『黄金の林檎』を愛読している?

  ・ゲイの男性だけを殺害している?


   ***


 何かに気付いた表情で、早瀬管理官は捜査資料を捲り始めた。前の方のページで手を止め、じっくりと内容を確認している。

「伊東さんは、『黄金の林檎』のサイン本を所持していましたね?」

「それは……」

 初めて伊東に聴取した際、二階堂と晴翔が報告した件だ。

 マズイ――と思った。

 伊東は違う。

 二階堂こそが捜査開始当初からずっと伊東犯人説に拘ってきたのだが、しかし、晴翔と共に園部峰子の自宅に赴き、あの美しい老婦人の話を聞いて感覚は変わった。

 園部峰子が語る孫は、二階堂が会った伊東とは噛み合わない。

 事ここに及んで、伊東は違うと直感が告げている。

 だが、早瀬管理官はきっぱりと告げた。

「伊東さんを任意で取り調べましょう」


   ***


 二〇一六年、十一月五日。正午。

 伊東は任意同行を求められると余裕のある態度で応じたが、取調室で滝川に締め上げられ、四時間も経つ頃には泣きそうな声になっていた。

「もう疑うのはやめてくれませんか。本当に俺じゃないんです」

 二階堂や晴翔が彼の自宅で事情聴取をした際は、二人とも強面ではないので伊東にも余裕があったのだろう。ヤクザ紛いの滝川にネチネチと陰険に責め立てられ、精神的に弱り切っているのが見て取れた。

「任意って言ったじゃないですか。もう帰らせて下さいよ」

「こっちも仕事だ。知ってる事をぜんぶ話すまで帰ってもらっちゃ困るんだよ」

「園部峰子さんなんて知りません。そんな人の家に行った事なんて一度も無いです。だいたい、その人、和臣のお祖母さんなんですよね? ホント勘弁してくださいよ。あいつが俺に身内を紹介してくれるわけないじゃないですか。そんな人間らしい奴だったら、殺されなかったと思いますよ」

「今までの犠牲者は全員、伊東さん、あんたと面識があった。本当にあんたが犯人じゃないと言うなら、その証拠を見せてもらえませんかね?」

「証拠……証拠なんて……そんな、それこそ警察の仕事でしょう?」

「三嶋、鵜辺野、高塚、あんたとどういう関係だったんだ? 寝てたのか? わけ分かんねえな。なんで野郎がいいんだ? ケツのほうが締まりが良いってか?」

「それは差別発言ですよ!」

「へえ、人権団体に泣きつくか? その前に知ってる事をぜんぶ吐けよ。楽になるぞ」

 伊東は屈辱で顔を紅潮させて黙り込んだ。しかし、不当な扱いに憤っているというだけでなく、なにかしら葛藤しているようでもあった。

 取調室から出て来た滝川は、禁煙の張り紙の前で煙草をくわえて火を着けた。二階堂の肩を叩き、したり顔でにやりと笑う。

「お坊ちゃん、俺に新宿署のガキと替われってのは本気か?」

「はい。そろそろ頃合いだと思うので」

「生意気言いやがる。まあ、やれるもんならやってみな」

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