Quest 3-9 さまざまな変化

 喧騒に包まれた王都。


 その中でも最も賑わっているのは、やはり勇者のお披露目となる王宮だろう。

 俺は今その門の前にいる。


「まさかもう一度ここにやってくる日が来るとはな……」


 江越愛人という人間が一度死んだ場所。


 心を折られ、命を絶とうと逃げ出したあの日以来、意図的に避けてきた。


 だが、俺はこうして帰ってきた。


「愛人くん、緊張してる?」


 隣にいた優奈が心配してくれる。


 そんなにしかめ面になっていただろうか。


 無意識の力がこもってしまったのかもしれない。


「ははっ、まさか。今なら自信を持って門をくぐれるさ」


「それならよかった。……でも、ビックリだよね。向こうから愛人くんを呼びつけるなんてさ」


【勇者】宮城と試合するのは俺だけだ。


 優奈まで呼ばれたのは……まぁ、見せつけか。


 あいつならこういうことを平気でする。


 ラトナとキリカは観客席に回ってアリアスさんと一緒に俺の試合を楽しみにしている頃合いかな。


 ギルドがパーティーメンバーということで根回ししてくれた。


「まだ宮城の中では俺より上の立場にいるつもりなんだろうな。前回のでわかってくれたらよかったんだけど」


「一番へのこだわりかぁ。私にはちょっと理解できないや」


「優奈とは正反対のプライドだし、俺もわからない。……けど、今までの常識を疑いたくないって気持ちは少しだけ理解できる」


 あいつの価値観はまだこの世界にやってくる前で止まっているのだ。


 少なくとも俺たち同じクラスの奴には通用すると信じたがっている。


 だから、こうして負けを受け入れられずに同じことを繰り返す。


 今度は誰にも言い訳ができない大勢の前で。


 あの日、俺の人生が変わったとするならば今日は宮城の人生が変わる日になる気がする。


「いつまでもここにいるわけにもいかないし中に入ろうか」


「そうだね。アリアスさんがあの子が迎えにきてくれるからって言ってたけど……」


 普段となんら変わらない気持ちで境界線を踏み越える。


 キョロキョロと案内人を探していると、見知った人物がこちらに手を振っている。


「愛人くん、あそこあそこ!」


 以前は……いや、今もあまり関わりが深いとは言えない。


 だけど、キリカの一件で間接的に彼女を救出してから間違いなくそれも変わりゆくだろう。


「おーい! 江越! 春藤!」


 ブロンドに染めた髪を揺らしながら野木明日香が俺たちを呼んでいた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




【食人魔族の棲家】への侵攻で一番の活躍を挙げたのは前を歩く彼女ーー野木明日香だと俺は思っている。


 宮城が我が身可愛さに逃げ出したのに対して、彼女は最後までその場に残りクラスメイトを守ろうと戦った。


 俺たちを魔族にする代わりの献上品として生かされていたが、それでも彼女が抵抗しなければもっと多くの命が失われていただろう。


 誇るべき尊い行動だ。


 ある種の尊敬心を抱くほどには。


「もう動き回って大丈夫なのか?」


「うん、ヘーキだよ! 魔法ってすごいよね〜。あれだけ痛かった傷がすぐに治るんだからさ。ビックリしちゃった」


「じゃあ……!」


「実戦復帰するよ。ずっとジッともしてらんないからさ」


「よかったぁっ!」


 優奈は友達の門出を喜んで抱きつく。


 受け止めた野木の表情を見るに無理もしていないようだ。


 すでに彼女は吹っ切れているように思える。


 併せて早期の復帰。


 ということは、ギルドからについても答えを決めただろう。


「野木。俺たちはいつでも歓迎するぞ」


「そこまで甘えるつもりはないって。大体、江越たちが進言してくれただけでも助かってるんだからさ」


「ギルドも優秀な人材を欲していたし、野木はピッタリ当てはまると思ったからな」


「うんうん! 全然気にしないでいいよ! なんてたってこの道に関しては私たち先輩だし!」


「二人とも……ありがとう。ギルドでもよろしく」


 野木が俺たちの案内人に指名された理由はちゃんとある。


 彼女はもうすぐギルドから新人冒険者としてデビューする予定だからだ。


 俺たちが【食人魔族の棲家】を攻略し、それを宮城の手柄にするとして唯一の問題は彼女たち生き残り組だった。


 事情を聞けば野木たちは宮城が仲間を蹴落とし、自分だけ生還しようとした真実を知っている。


 この事実は俺たちにとっても宮城にとっても不都合極まりない。


 だから、ギルドで彼女たちの身柄を保証すればどうかと提案した。


 宮城から彼女たちを守るとともにSR級スキルを持つ人材の確保。


 人柄を加味すればギルド長が頷かない理由がない。


 あとは野木たちの意思次第だったが、そこもすぐにまとまった。


 野木たちが助けたクラスメイトたちは彼女と共にする選択をし、そして野木は冒険者として活動する意思を固めた。


「王宮の中もあまり居心地良くないしね。できるなら早く出ようと思ってさ」


「住居とかの心配もしなくていい。ギルドが手配してくれている」


「聞いたよ。てか、あんな高待遇受けてるなら二人みたいにもっと早く冒険者になればよかった。……そもそも二人がいたことすらあの時知ったんだけどさ」


「まぁ、色々とあったからな、俺たちにも」


「そこら辺も察するよ。あの宮城の態度を見ていればね〜」


「あの態度?」


「うーんとね……」


 聞き返すと、野木は周囲を見渡して誰もいないことを確認する。


 俺と肩を組むように顔を近づけると小声で喋り出す。


「江越たちなら気づいているかもだけど、あいつ何か企んでるっぽいよ。偶然、見ちゃったんだけどさ……江越の名前を叫びながら剣振り回してたし」


「……想像以上にヘイトを買ってるみたいだな」


「今回だって指名だって聞いてるでしょ? なんでも世界最強の剣士に鍛錬つけてもらってるみたい」


 知っている。


 その人物は俺たちの稽古も担当してくれている……とは言わなくてもいいか。


「それで江越に恥をかかせるつもりなんじゃないかな。なんにせよ気をつけておいた方がいいのは確かだね」


「わかった。貴重な情報ありがとうな」


「いいっていいって。アタシがしてもらったことに比べればね。だから、これからも仲良くしてよ〜?」


「もちろんだ。野木も遠慮なく頼ってくれていい。微力ながら俺たちも協力しよう」


「……江越ってこんな頼りになる奴だったんだね。なんか意外」


「やかましいわ」


「あはは、ごめんごめん!」


 バシンと野木が俺の背中を叩く。


 実際、それは俺自身も驚いている。


 まさか野木みたいな性格の人物とまともに話す機会なんて一生ないと思っていた。


 人生はいつ変わるかわからないもんだ。


「まぁ、何かあったら遠慮なく相談してよ。こんな身なりでも女の子からは頼りにされてるから結構経験値持ってるよ?」


「その時はお言葉に甘えさせてもらうよ」


「そうそう。……さて、そろそろ正妻さんにも怒られそうだし、ちゃんと案内するから付いてきてよね」


 そう言って野木は俺たちの後ろで立ち止まっていた優奈を指さす。


 彼女は珍しくほっぺを膨らませていた。


 俺たちの視線に気づいてもなお「不服です」と言わんばかりの顔だ。


 放っておいて野木とばかり話し込んでしまったのが不味かったようだ。


 ……優奈がこんな表情を見せてくれる未来もきっと昔のままならなかったんだろうな。


 正妻呼びとか色々とツッコミたい部分はあるが、それよりもどうやって怒りを解消してもらえるかだろう。


 経験ゼロの男が脳を総動員させてもいい案が思い浮かぶはずもなく……。


 さっそく百戦錬磨の野木に頼ることにした。

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