Quest 3-8 異常者の共演  

「流れ……ですか?」


「そうだ。少年は敵の動きを追いかけることに必死になりすぎている。いいか? 攻撃には一つ一つに必ず意図がある。上級者になればなるほど傾向は強くなるだろう」


 彼女の言いたいことはすぐに理解できた。


 戦いの中で俺たちは相手を倒すというゴールに向かって攻撃を仕掛ける。


 足払いでバランスを崩す。アッパーでのけ反らせて視点をずらす。


 どれもトドメの一撃を確実に当てるため、それぞれ点と点がつながっているのだ。


 セシリアさんが言っている流れとはズバリこれだろう。


「でも、攻撃をちゃんと見ていないと防げなくないですか?」


「守るだけならそれでもいいだろう。しかし、攻撃しなければ勝つことは難しい。違うか?」


「うっ……違いません」


 現状、俺が沼にはまっていることを指摘されては何も言い返せない。


 防御ばかりで手いっぱいになり、攻撃に転じられない。


「君は支配圏のイメージを掴みつつあるが、まだ完全ではない。それゆえについ手や足を追ってしまう」


「じゃあ、どうすればいいんですか? 俺はまだセシリアさんみたいに支配圏に入ったモノを完全に感知できません」


「相手の眼を見ろ。眼から流れを読み取るんだ」


「眼……ですか」


「我々の知る言葉にもあるだろう。『目は口程に物を言う』と。攻撃をする際、必ず人間は狙う個所を見る。当たらなければ意味ないからな。そこから相手の攻撃を予測して、敵の流れを断ち切るんだ」


「そして、次はこちらが流れを支配する……」


「そうだ。少年はすでに第一段階を突破しつつある。そろそろ次の段階に進もうか」


 そう言って彼女が指を鳴らすと、土が盛り上がって小さな円柱ができる。


 大きさにしてちょうど俺の両足ほどだ。


「セシリアさん。これは一体?」


「今から少年が使う道具だよ。君にはこの上に乗ったまま私の攻撃をすべて捌いてもらう」


「ええっ!? こんなのすぐに落ちますよ!」


「そうならないための特訓なんだろうが。早く来んか。仲間を守るために強くなりたいんだろう?」


 木刀で土台を叩き、俺を手招きするセシリアさん。


 あれは処刑台だ。


 乗ったが最後。体力が尽きるまでセシリアさんのしごきが始まる。


 とはいえ俺に選択肢なんて与えられていないのだが。


「どうした? 怖気づいたか?」


「いえ、気持ちの切り替えだけ」


「ハハハッ! 私は君のそういう異常さが好きだぞ。やはり頭がぶっ壊れている人間の方が強くなれる」


 俺よりぶっ壊れ性能のあなたにだけは言われたくない。


 大切な人を守るためならきっと俺は自分の命を投げ捨てられる。


 優奈、ラトナ、キリカ。


 彼女たちを守る術を学べて、己の命も失わないとなればやらない手はないだろう。


 痛みも喜んで受け入れるとも。


「よし、立ったな。では、支配圏を展開しろ」


「はい」


 前に突き出した両腕を広げて、手が届く範囲を目視で確認する。


 俺にとっては、これが最も支配圏を想像しやすい。


 浅く呼吸を吐いて、意識も集中状態へと落とし込んだ。


 間違いなく転移する前の俺では到達できなかった域。


 これでもまだまだ足りない。


「私はこれから木刀を使って君を攻撃する。そこから落ちずに……そうだな。一時間保てたら合格だ。わかったな?」


「わかりました。いつでもいけます」


「では、始めるぞ。ちゃんと流れを意識しろよ! 落ちるたびにペナルティで全力の正拳突き50回だ!」


 その言葉を皮切りに、セシリアさんによるギリギリ死なないレベルにまで落とし込んだ猛攻が始まった。



「優先順位を間違えるな!」


「フェイントに気をつけろ! 傷を負わせないかどうかの区別を着けるんだ! 支配圏を通過しても無視で構わん!」


「捌きが間に合わないなら躱すのも手段だ。思考を止めるなよ!」



「はい……!」


 ありがたいアドバイスを必死にかみ砕きながら、上下左右の連撃を受け流していく。


 加速が完了して威力が乗り切る前に抑える。


 超低空の攻撃に関してはジャンプして避けるのが最善。


 だが、着地直後の不安定な状態を狙われているから目付けは上に固定。


 決して視線を落としてはいけない。


「いい面構えだ。まだやれるな?」


「もちろん! 最後まで耐えきってみせます!」


「よろしい! どんどん加速していくぞ!」


「えっ、あっ、ちょっと待って! 急に速すぎるっ!?」


「ふんっ! 《風斬り・三連》!」


「衝撃波!? いや、三つも同時は無理――ぐふっ!?」


 キリカと協力して受けきった斬撃が襲い掛かる。


 威力は弱くなっているが、当然今の俺では増えぎ切ることは叶わず……。


 情けなく腹に重ね打ちされて回転しながら吹っ飛んだ。


 ピクピクと打ち付けられた体が震えていた。


「うむ……やりすぎたか」


 その割にはすごくいい笑顔ですね……。


 セシリアさんは俺のわき腹をつついては続きを促す。


「おい、寝ている暇はないぞ。勇者との対決の前にある程度形にしてもらわなければ困る」


「は、はい……」


「少年は頑丈で本当に教えがいがある。さっさとペナルティをこなして台に登るんだ。ほら、1、2――」


「うぉぉぉぉぉっ!」


 セシリアさんの掛け声に合わせて正拳突きを打つ。打つ。打つ!


 身も心も、服も物理的にすり減る特訓は日が落ちるまで続けられた。


 夜の優奈たちとのわずかな時間を癒しにして一日を乗り切る。


 日に日に少なくなっていく体傷に手ごたえを覚え――。





 そして、ついに世界へ向けて江越愛人おれという存在を見せつける日がやってきた。






 ◇あとがき◇

 予定に狂いなければ来週には宮城君との対決(一方的)シーンに入ります。

 でも、今週中にあと2話更新して突入させるつもりです。

 お待たせしておりますが、よろしくお願いします。

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