第三章 【最強】を冠する者

Prologue 3 始まりの神様

『久々の明るい知らせに王都は好景気に沸いていた。


 国王が呼び出した勇者:ミヤギ・シュウジが初陣でダンジョンを踏破する偉業を成し遂げたからだ。


 ギルドに所属する屈強な冒険者たちが次々と犠牲になっていく中、【勇者】シュウジは傷つきながらも己の剣で道を切り開いたという。


 世界各国にダンジョンはいくつか点在するが、過去に踏破した者はかの有名な【最強】、ただ一人だけ。


 それも百年以上前の話で、人類と魔王軍の戦いは拮抗状態に陥っていた。


 しかし、ダンジョンが踏破されたとなれば王都周辺は魔物による被害が減少し、戦線への多大な支援が可能となるだろう。


 すでに商人たちの動きは活発になっており、競争は始まっているようだ。


 近日【食人魔族の棲家】の完全攻略を祝い、王宮ではパーティーが行われる。


 勇者たちによるパレードも催される予定になっており、市民たちの盛り上がりもさらに加速することが予測される。


 羽目を外しすぎて、魔物ではなく人間による被害が出ないことを祈るばかりだ。』




「……だってさ。あの勇者、今ごろ顔真っ赤にしてるんだろうな~」


 俺の背中に座ったキリカはケラケラと笑っている。


 きっとあの夜の出来事を思い出しているのだろう。


「屈辱だっただろうね。見下していた君に尻拭いしてもらったうえに手柄まで譲られたんだからさ」


「そう考えたら大きな恨みを買ってしまったな」


「気にしなくていいんじゃない。勇者が君に勝つのは不可能さ。剣に頼り切っているようじゃね」


 にわかには信じがたいが、実際に戦いを見たキリカの評価だ。正しいのだろう。


 あくまで今の時点ではの話だが。


「それよりさっきからスピード落ちてるよ。快適に新聞が読めちゃうくらいには揺れがないね」


「勝手に乗ってきたくせに……!」


 腕を上下させるたびに額から汗がしたたり落ちる。


 俺はスキルを切った状態で絶賛腕立て伏せ中。


 背中には黒のノースリーブシャツにベージュのショートパンツを組み合わせたキリカが座っていた。


 キリカとの激戦もすでに一週間前。


 筋組織までズタボロになった俺だったが徐々に感覚の慣れを取り戻しつつあった。


 とはいってもクエストは受付停止中。


 限界まで鞭打った体の休息に充てていた。


 クエストが受けられない理由はそれだけではないのだが……詳細は先ほどの宮城に関係してくる。


「ボクだって暇で暇で仕方がないんだよ。ギルドが認めてくれないからさ」


「仕方ないだろ。昇格試験の監督を務められる冒険者がいなくなったんだから」


 表向きにはダンジョンボスを倒したのは勇者だが、俺たちに討伐の話を持ち掛けてきたギルドは真実を知っている。


 ギルド長の計らいもあり、俺たちはBランクにまで昇格する流れになった。


 しかし、昇格試験の監督役を務められるBランク冒険者は王都にはいない。


 ギルドも優秀な人材を失い、早急な整備が必要な状態。


 激闘を繰り広げた背景もあり、ギルドから直接の休暇を言い渡された俺たちは他所のギルドからの監督待ちに。


「アリアスさんも言ってただろ? ギルド長が話をつけてくれるから待っていてほしいって」


「……まぁ、ボクが言えることではないか。今日もリーダーくんの重りとして働くとするよ」


「一度も頼んだ覚えないけどな……!」


 この寂しがりやは過去の分まで取り戻すかのようにそばから離れない。


 起きたら隣に彼女の顔があることにはもう慣れた。


「ラトナやユウナは何してるんだい? 二人とも本とにらめっこしているみたいだけど」


「王都の出店一覧! もう屋台がたくさん出てるらしいから目星をつけてるの!」


「スキル辞典だよ。私は後衛職だから、こういう知識もつけておきたいんだ」


 はっきりと両者の性格が出た瞬間である。


 別にどちらが悪いとか、そういうわけではないのだが。


「二人とも勉強熱心だね」


「ふふーん、それほどでもないの」


 おい、ラトナ。今のは皮肉だぞ、気づけ。


「あはは……。あっ、そうだ。キリカちゃんに聞きたいことがあるの」


「ん? なんだい? スリーサイズは変幻自在だよ?」


「そうじゃなくて! キリカちゃんみたいにスキルを持っている魔物はいるのかなって」


「あー、確かに。スキルって人間専用の能力だと思ってた」


 優奈の質問は今までになかった発想だ。


 なんとなく受け入れていたがキリカはスライムなのにスキルが使える。


 これから彼女のような強力な魔物と戦う際にはスキルの有無を念頭に入れて戦う必要性が出てくるかもしれない。


 いずれは訪れる魔王討伐のためにも知っておきたかった。


「うーん、結論から言えば答えはイエスだ。スキルを所持する魔物はいる」


「やっぱり!」


「だけど、かなり低い確率だよ。そもそもみんなはスキルがどうやって授けられるか知っているかい?」


 俺と優奈はそろって首を左右に振った。


 すると、キリカは苦笑しながら一から説明してくれる。


「まずこの世界には二人の神様がいる。人類を創造した神『リリティカ』と魔物を創造した神『ラムセス』。昔は仲が良かった二人だったけどある日仲たがいをし、自分たちが生み出した子を使ってケンカを始めたんだ」


「それが戦争の始まりなの?」


「そうだと言われてるね。ケンカに勝つためには強い子が必要だ。そこで与えられるのがスキル。洗練された魂の持ち主に強力なスキルを授けて、自分たちの代わりに戦わせているってわけ」


「……なんともはた迷惑な話だな」


「全くだよ。いま戦っている人間や魔物はなんで自分たちが戦争をしている理由さえ知らないんだ。復讐が復讐を生んで、永遠に続いているといっても過言じゃない」


「そこまで理解しているのにお互いに戦争はやめられないの?」


「無理だね。神には逆らえない。止めようとしても強制力が働いて、どちらかが滅亡するまで戦争は終わりはしないだろうさ」


「そんな……」


 なんとも衝撃的な話である。


 全滅するまで殺し合いは続く。


 人類の子供たちの世代、それこそ孫以降の世代まで。


 ダンジョンの踏破で王都がお祭り騒ぎになるのも今ならよくわかる。


 人々も願っているのだろう。


 このくだらない戦争が終結することを。


「話は戻すけど、ボクたち魔物にも『ラムセス』からスキルは与えられる。だけど、ごくわずかだけ。あんなにポンポン与えられる人間の方がおかしいんだよ」


「そんなに差があるのか?」


「軽く見積もっても千倍はあると思う。まぁ、人間は君たちみたいに異世界から魂を呼び出したり、昔から危なっかしい儀式をしたりしているから納得できる点もあるけどね」


 これで説明はおしまい、と区切ったキリカはごろんと背中に寝転がる。


「どう? ちょっとは役に立てたかな?」


「……うん、ありがとうキリカちゃん。おかげでもっと頑張ろうって思えた」


「……世の中、ユウナみたいな子ばかりだったらよかったのにねぇ」


「それには同意だ。でも、そんなわけにいかないから、やるしかないだろ」


「おっ、気合入ったね。顔つきが凛々しくなったよ、リーダーくん」


 頬をつついて茶化してくるキリカ。


 こういう風に構ってほしいアピールをしてくるときの彼女の内心は実にわかりやすい。


 ……さっきの話が本当ならば、俺とキリカが一緒に居られる期間は限られてくる。


 人間か魔物。どちらかが滅ぶまで戦争は終わらない。


 だったら、魔王を倒して戦争を終わらせようとしている俺はいつか彼女と死別することになるだろう。


 仲間のための目標が、仲間を殺す未来につながっている矛盾。


 ……俺が望めばキリカはきっと……。


 ああっ、くそっ……!


 嫌な想像を追い出すように頭を振ると、俺は腕立て伏せを再開する。


「……キリカ」


「なんだい?」


「これ終わったら、みんなで一緒に出店回るか」


「……いいね。もちろんリーダーくんのおごりだよ」


 笑った彼女は俺の首に腕を回した。

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