Quest 2-9 終わりの始まり

「これが勇者? 思ったよりもキツいね」


 いきなり自己紹介を始めた修司に対して、キリカは露骨に嫌悪感を剥き出しにした。


 キザな言動に鳥肌が立って、二の腕をこすっている。


 一方で宮城は彼女への接触を諦めていない。


「これは手厳しいね。でも、そっちの方が俺的には燃える」


「ボクとしては勘弁だ。もう興味ないからどこか行っていいよ。作戦失敗したって王様に報告してくれたらベストかな」


「冷たいなぁ。だけど、君も活躍する俺の姿を見れば、意見も変わるはずだよ」


「ないない。ありえないから」


「ちょっとさっきから失礼じゃない? 私らが討伐してあげるってのに、もうちょっと感謝したら?」


 宮城の後ろから援護射撃が飛んでくる。


 見れば他にも顔見知りがズラリと並んでいた。


 その中に夏沢と冬峰の姿はない。


 とはいえ、俺と優奈に気づかないのは死んだと思っているのか、本当に興味がないのか。


 もしくは宮城が意図的に伝えていないか。


 しかし、言われっぱなしなのは面白くないな。


 ずっと仲間のキリカを矢面に立たせるわけにもいかないし、ちょうどいい。


 俺は彼女を庇う形で前に出る。


「国が出しゃばって来なかったら俺たちが倒した。勘違いしてもらいたくないな」


「ああん? いきなり出てきて何言ってんだって……おい? お前……!」


「やっと気づいたか。自分が追い出した奴の顔を忘れるなよ」


「ふん。雑魚には興味がなくてな。えと、誰だったか……そうだ、江越だ」


 ちゃんと気づいたくせにいちいち鼻につく野郎だ。


 よほど俺の存在が気に食わないとみた。


 あの日以来の対面。


 こいつは変わらず嘲笑を浮かべて俺を見下している。


「なんだ、江越。お前生きてたのかよ」


「ああ。元気に冒険者やってるぜ」


「冒険者って……ぷっ、かわいそうだなぁ、おい。無能のお前じゃあ草拾いがせいぜいだろ。その様子じゃ優奈には愛想尽かされたんじゃないのかぁ?」


「愛想尽かされたのはそっちじゃなかったっけ、宮城くん」


「なっ……いたのか、優奈……」


 余裕を保っていた男の顔が初めて歪む。


 こいつからしたら優奈は人生の汚点でしかないはずだ。


 なにせ宮城と俺を天秤にかけ、俺を選んでくれた人物なのだから。


「ふん……どうだ、優奈? お前もあの時の選択は後悔している頃だろ? 今なら戻ってきても許してやるぜ」


「あいにくだけど、私は十分に幸せな毎日を送ってるよ。愛人くんはもちろん、パーティーのみんなとね」


「全くだ。うちのリーダーくんは君よりよっぽどいい男だと思うな」


「ラトナ。無駄にプライドの高い男って嫌いなの。マナトは優しいから好きだけど!」


 俺たちと宮城との因縁を察してくれた二人も援護に回ってくれた。


 ただ何よりも彼女たちの言葉が俺は嬉しかった。


 胸が温かい気持ちになりながらも、今の相手は眉間にしわを寄せる宮城だ。


 優奈だけではなく、さらに二人も無能と蔑む男に負けた。


 その事実に露骨にいらだつ奴に負けじと、睨み返す。


「おいおい、そんな怒るなよ。せっかくのイケメンが台無しじゃないか」


「……調子に乗りやがって。無能のお前なんか一瞬でつぶせるってこと忘れるなよ」


 宮城はいよいよ胸倉をつかみ、額がぶつける勢いで顔を近づける。


 対して、俺はあくまで平静を意識して溜息を吐いた。


「こんな往来で勇者が冒険者に手を出せばどうなるか。それくらいわかると思ったんだけどな」


「てめぇ……」


 そこでようやく周囲に意識を割いた宮城は俺を解放した。


 だが、あまりにも手遅れ。


 少なくとも現場にいた人間には噂の勇者は手荒な男だとイメージがついてしまっただろう。


 実績を積み上げようともなかなか払拭は出来ない。


 キリカ目当てに近づいたのが失敗だったな。


「ちっ……興が削がれた。行くぞ、お前ら」


「あ、ああ……」


「ちょっと待ってよ、宮城君」


 気持ちが冷めた宮城はこの場を離れて、ダンジョンに入ろうとする。


 だけど、その前に俺は冒険者として確認しなければならないことがあった。


「おい、宮城。一つ質問がある」


「……なんだ?」


「お前たちは魔物と戦ったことがあるか?」


「何かと思えばくだらない。……これが初陣だ。王宮の騎士たちと鍛錬なら積んだ。どんな魔物にも負けないと評価も下されている」


「なっ……!」


「じゃあな。せいぜい指でもくわえて待ってろよ」


「おい! 待て、宮城!」


 制止の声は効かず、奴は仲間を引き連れてダンジョンへと消えた。


 頭に巡るのは先生の教え。


 宮城はともかくクラスメイトたちは心の準備ができているのか。


 今回の出撃だって突発的なものだ。


 いくら強力なスキルを持っていたとしても中にいるのは常識の範疇を超えたキング。


 それもダンジョンという慣れない環境であいつたちが全力を発揮できるのか。


 いや、どうこう理屈をこねている場合じゃない!


 この異常さは冒険者を斡旋するギルドなら理解してくれるはず!


「アリアスさん! あいつらの後を追いかけます!」


「……マナトさん」


「……まさかそれもダメだと?」


 悲痛な面持ちで彼女は首を縦に振った。


「国王直々に手出しは不要との命令がギルドに下っています。曰く『英雄譚の始まりは希望を与えるものでなければならない』と」


 そんな、そんなくだらない理由で……?


 めでたい王様の脳内では成功は決定事項で物事が進んでいる。


 確かにスペックだけ並べるなら成功の確率はかなり高い。


 だけど、その計算が許されるのはゲームの中だけ。


 生きている人間が駒となったなら一気に変動する。


 人の命がかかっているんだぞ……!


 俺が唖然としているとアリアスさんは頭を下げる。


「すみません。ギルド長も反対してくれたのですが、やはり意見は飲んでもらえず……」


 俺たちのやりとりからアリアスさんも何となく関係を察してくれたのだろう。


 俺と優奈の正体についても聡い彼女なら気づいているはずだ。


 こんな時まで大人の対応をしてくれるアリアスさんに気を遣わせてしまった。


「……いえ、アリアスさんが謝ることじゃないです。俺こそすみません。ギルドは手を打ってくれているのに身勝手なことしようとして」


「マナトさん……」


「……とりあえず戻ります。頭を冷やしてきます」


 そう言って不承不承ふしょうぶしょうもと来た道を引き返す。


 すると、ぎゅっと手が温かさに包まれた。


「……背負い込まないで。愛人くんのせいじゃないから」


「そーそー。今回はギルドに所属している以上、ワタシたちじゃどうしようもないの」


「勇者たちが失敗するとも限らないだろう? 自身に満ち溢れた顔は嫌いだけど、成功を祈るさ」


 キリカの言う通りだ。


 悪い方向ばかりに考えているが宮城があっさりと勝つ可能性もある。


 目的はダンジョン踏破ではなく、キングの討伐なのだから。


「……そうだな。今日の晩にでもあいつらの凱旋を見に行くか」


「それくらいの気持ちでいるのが正解だね。さて、リーダーくんも元に戻ったみたいだしボクも一度帰ろうかな」


「そうか。それならまた夜に俺たちのところに来てくれるか。キングさえいなくなれば、またダンジョン攻略は再開できる」


「わかった。それじゃあ、みんなまたあとで」


 そう言って、キリカは俺たちとは別方向へと駆けていく。


 みんなが慰めてくれて、少しは気持ちに余裕ができた。


 だが、それでも……。


 キングとの戦いを思い出して、チラリと【食人魔族の棲家】の入り口へ目を流す。


 飲み込まれそうな不気味な暗闇がどうしても頭から離れなかった。

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