Quest 2-8 寂しがり屋の彼女

 住居区を出てからのキリカは物静かになっていたけど、日が沈む頃にはいつもの調子に戻っていた。


 その間も手をぎゅっと握って離さなかったのは意外……いや、そうでもないか。


 彼女は年相応の寂しがり屋だからな。


「ボクたちが一緒に居たらビックリするかな」


「ないない。どっちも肝っ玉が強いから」


「あはは、違いないね」


 他愛ない会話を交わして扉を開ける。


 テーブルの上にお茶菓子を広げた二人はこちらに気づくと笑顔で迎えてくれた。


「あっ、二人ともおかえりなさい」


「デート楽しかった〜?」


「からかうな」


「きゃんっ」


 いたずらな笑みを浮かべるラトナに軽くチョップを入れる。


 入れ違いになったようで二人はすでに宿に帰ってきていた。


「そうだよ、ラトナ。ボクと恋仲になるならリーダーくんにはもっと強くなってもらわないとね」


「マナトがどれくらい強くなったらキリカは認めるの?」


「うーん。例えば魔王軍の幹部を倒すくらい、かな。確か君たちの目標なんだろ?」


 キリカは昼の会話の内容を使って、うまくかわす。


 からかうつもりだったラトナは面白くないと言わんばかりに頬を膨らませていた。


「そう怒らないでくれよ。これでもボクはみんなを信用しているんだから」


「それは……俺たちなら最前線でもやれるってことか?」


「いつかはね。その前に力尽きてしまうかもしれないけど。なにせボクと同じパーティーだから」


「だったら、心配はないな」


「やったね、愛人くん。キリカちゃんから合格もらったよ」


「まぁ、ラトナたちなら当然なの」


「……まったく君たちといると調子が狂うよ」


 彼女は肩をすくめて首を左右に振る。


「なんだ。まだわかってなかったのか?」


「いや、君たちと過ごしたのはほんの少しだけど理解したつもり。……したからこそ君に問いたいんだ、リーダーくん。君は大切な者を守る覚悟があるかい?」


「愚問だな。どんな相手だろうと倒す。この想いだけは一貫して変わらないぜ」


 交差する視線。


 あーあ、眉間にしわなんか寄せちゃってさ。


 俺はキリカに近づき、ポンポンと頭をなでる。


「あっ……」


「そう怖い顔するなよ。美人が台無しだ」


「子ども扱いなんて……か、からかってるのかい?」


「こういうのは嫌だったか?」


「嫌……じゃない」


「それはよかった」


「んっ……」


 キリカは目を細めて、俺の手を受け入れる。


 ずっとこのままなのではと思ってしまうような静寂の時間。


 それはキリカが後方の二人から向けられる生暖かい目に気づいたことで終わりを告げる。


「甘えたくなっちゃったのかな」


「キリカも可愛いところあるの」


「あっ……な、なに見てるんだ!?」


「部屋でおっぱじめたのはそっちなの」


「うぐっ!? リ、リーダーくんも! いつまでしてるつもりなんだ!」


 正論で返されたキリカは慌てて手を叩くと、体を翻す。


「と、とにかく! 君の覚悟は再確認させてもらったから。ボクはこれで失礼させてもらうよ!」


「ああ、また明日。ダンジョン前に集合な」


「……遅刻しないように。また明日」


 小さく手を振って、彼女は部屋を出る。


 その後、俺たちは顔を見合わせて微笑むのであった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ギルドが調査団を派遣してから今日で2日目。


 アリアスさんの言う通りならダンジョン攻略が解禁になる。


 俺たちは【食人魔族の棲家】でキリカと合流する予定だ。


「やっぱりリフレッシュすると体が軽いね」


「これからは積極的に休養日を設けようか」


「えー。ワタシ的には毎日でも体を動かしたいの~」


「ははっ。ラトナは元気だな」


「マナトがおじさんなだけなのよ」


「おじ……よし、わかった。今日は狩った魔物の数で勝負だ」


「負けた方がご飯おごり! それでいい?」


「望むところだな」


「ふふっ、二人とも気合十分だね」


 異世界にも慣れてきて、多少の荒事もありながらも楽しい毎日を送ってきた。


 目標に向けてゆっくりでも一歩ずつ近づく。


 4人でダンジョンを進み、いつかは最前線へ。


 そんな平和に満ち溢れた希望的観測はあっさりと崩れる。


「……なんか慌ただしいな」


「うん。この前と違って人も多いね」


 入り口付近をせわしなく行き来する冒険者ギルドの職員。


 さらには顔見知りの冒険者たちが入り口を囲っている。


 その中に知り合いの姿があった。


「キリカ!」


 名前を呼ぶと、彼女もこちらに気づく。


 だけど、その場から動かずに俺たちを手招きした。


「……どうやら何かあったのは間違いなさそうだな」


 駆け寄って俺たちも野次馬に混じる。


「何があったんだ、キリカ」


「……あれを見たら、きっとわかると思う」


「あれ?」


 キリカが示す先へ目を向ける。


 そこにあったものを見て、言葉を失った。


 乱雑に積み重ねられた様々な装備の数々。


 剣、鎧、レガース、胸当て。


 どれもこれも冒険者が愛用するものだ。


 そして、俺は似た光景をつい最近見た覚えがある。


「あいつか……!」


 キング。


 キリカの仲間を殺したスライムを束ねる王。


「期間内にダンジョンに入れたのはギルドに依頼されたBランク冒険者だけ。間違いないだろうね」


「じゃあ、みんな食べられちゃったの……?」


「そんな……ひどい」


 優奈は悲しみに顔を歪ませる。


 彼女だけじゃない。


 周囲の冒険者やギルド職員も悲痛な面持ちでいた。


 ギリと奥歯が鳴る。


 思い上がりでもいい。


 あの時、俺が奴を仕留めていればこんな悲劇は起きなかった。


 間違いなく責任の一端は俺にあった。


「みんな、俺はキングを狩りに行く」


「……私もいくよ。こんなの許しちゃいけない」


「もちろんワタシも。そのために冒険者になったんだもの」


「君たちの性格は理解している。ボクも同行しよう」


 全員の意見が一致した。ためらう理由は消える。


 俺たちは野次馬をかき分けて、ダンジョンに入ろうとする。


「それは許可できません」


 だけど、背後から制止の声がかかった。


「……アリアスさん」


「ギルドはみなさんの攻略を認めません」


 普段の彼女からは考えられない冷たい声。


 親切なお姉さんではなく、ギルドの受付嬢として彼女は接している。


「俺ならあいつと対等に戦えます。調査団が負けた以上、俺が行くしか」


「それでも、です。……ごめんなさい、マナトさん。もうギルドではなく、国が仕切る案件なの」


「……くそっ」


 彼女にここまで言われては俺は何もできない。


 勝手な行動を起こせば俺たちだけではなくギルドにまで迷惑が掛かってしまう。


 アリアスさんにまで影響は及ぶだろう。


「待ってくれ、アリアスさん。だったら、国はどんな対策をしてくれるんだい? 調査団が負けた以上、ボクたち以外の適任はこの場にいないと思うけど」


「落ち着いて、キリカさん。……すでに対応してくれる人は用意されているわ」


「王都にまだそんな冒険者が?」


「……いえ。彼らは冒険者ではありません」


「冒険者じゃない? なら、いったい誰が」


「――勇者さ」


 キリカに答えを返したのは聞き覚えのある声。


 いや、忘れたくても忘れられなかった。


 なにせ、俺がこうして冒険者になる理由を作り出した張本人だ。


 憎くて、見返したい男なんて世界にたった一人しかいない。


「俺の名前は宮城修司。キングを倒す男さ。よろしく、お嬢さん」


 純白の西洋服に身を包んだ奴はそう告げた。



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