Quest 2-6 ぐちゃぐちゃにしたい
道中のキリカの態度は柔らかいものだった。
やはり含みなしに彼女をパーティーに加えたのがよかったのだろう。
心なしか表情も優れたように思える。
「そろそろゴブリンたちが確認された場所に着くわけだが……キリカ。スキルについて教えてくれ」
「もちろんさ。じゃあ、これを」
「おっと……」
ピンと彼女が指ではじいたのは銀貨。
この世界で流通している貨幣だ。
「ナイスキャッチ。じゃあ、それをボクがわからないように右手か左手、好きな方に隠してほしい。外したら、銀貨はリーダーくんにあげよう」
「いいのか?」
「嘘はつかないさ。できたら教えてくれ」
そう言うと彼女は耳をふさいで後ろを向く。
俺は言われるがまま直感で右手を選んだ。
「キリカ、いいぞ」
「ありがとう。ちゃんと右手か左手のどっちかにあるよね?」
「そんな意地悪な真似はしない」
「ごめんごめん。それならいくよ。【
スキルを発動させると、黒の瞳に魔法陣が浮かび上がる。
金色の光を放ち、その状態のまま俺の両手を凝視するキリカ。
「ふぅ……なるほどね。答えはわかったよ」
ゆっくりとキリカが瞼を閉じると魔法陣も消え去る。
果たして『名探偵』か『迷探偵』か。
自信満々の彼女が指さしたのは右手。
「間違いない。コインが握られているのはこっちだ」
「正解だ。すごいな」
「これがボクのスキル【楽園へ続く道】の力ってわけさ」
「……それじゃあ、キリカちゃんは二者択一で必ず正解がわかるってこと?」
ジッと観察していた優奈が予想を口にすると、キリカは大仰に首を振る。
「ちょっと違うかな。このスキルはボクにとって幸運な結果になる方を教えてくれる。例えば今ならお金が欲しいと思っていたから持っている方を選べたけど……リーダーくん、もう一回頼めるかい?」
「わかった」
キリカにわからないよう今度は左手に持ち換えて、腕を突き出す。
「次はボクは彼に感謝の気持ちとしてお金をあげたいという願望を持ってスキルを発動させるよ。【楽園へ続く道】」
また金色に輝く魔法陣。
結果が分かった彼女はまた右手を指さす。
「こっちが銀貨がない方、でしょ?」
「……なるほどな。答えを外したら銀貨は俺のものになるから、スキルは外れをキリカに教えてくれたってわけか」
「ピンポン。これがボクが死神と呼ばれてもパーティーに入ることができた理由さ」
「す、すごーい! じゃあ、ダンジョンでもスキルを使ったら魔物と戦わずに済むってこと!?」
「その通りさ。魔物と会う場合でも消耗を避けられるルートを選べる。ちょっとしたインターバルは必要だけど使用回数に制限もない。欲しがる理由がわかっただろう?」
彼女のうたい文句が本当ならばとんでもなく有用なスキルに思える。
ただこのスキルを持っていても決して最良とはいえない結果にたどり着いている。
何かキリカ自身も理解できていないデメリットがあるはずだ。
「キリカはダンジョンの中でもスキルを使っていたんだよな?」
「当然さ。それがパーティーでのボクの役目だからね。ちゃんとスキルの結果に従って、道を歩いていたら……ポイズンスライムに襲われた」
自分を戒めるように彼女は拳を握りしめる。
爪が食い込んでポタポタと血が流れだすほどに。
「キ、キリカちゃん!? 手から血が……」
「……すまない。……リーダーくん、ボクも誓おう。必ずパーティーをダンジョンの最深部まで五体満足に連れていくことを」
「キリカ……」
「それが過去のパーティーのみんなの仇でもあり、ボクにも優しくしてくれた君たちへの最大の恩返しになると思うから」
そう言い切るキリカの瞳には、これまでになかった強い意志がこもっていた。
どこか大人ぶった彼女の中にも炎が宿っている。
メラメラと音を立てて燃え盛っていることだろう。
「キリカに言われるまでなく、最初から俺はこのメンバーで最深部まで行くつもりだったぜ」
「ふふっ。死神を雇うリーダーなら、それくらいじゃなくっちゃね」
俺たちは一歩、キリカに近づけたのかもしれない。
いつかお互いをわかりあえたなら、きっと俺のスキルもキリカを認めるだろう。
「もうっ。二人とも格好つけてる場合じゃないでしょ」
「ごめんごめん。治療してくれてありがとう、ユウナ」
「支障はなさそうか?」
「これくらい慣れたものだよ。戦闘だって任せてくれていい」
「そうなのか。てっきりキリカはナビゲート専門なんだと思っていたんだが」
「キングみたいな強敵なら無理だけどゴブリン程度には後れを取らないよ。スキルが戦闘でも最良へ導く選択肢を教えてくれるから。足手まといにはならないと思う」
「応用が利くスキルだな……。でも、そのあたりは実戦を見せてもらってから判断するよ」
それもそうだ、とキリカは笑う。
間もなく俺たちはゴブリンと遭遇して全滅させた。
ナイフを振るうキリカが討伐したのは20の内、9。
文句なしの合格だった。
◇同日:夜 ダンジョン【食人魔族の棲家】◇
「くそっ……なんだってんだ、こいつ!!」
「聞いていた話と違うぞ! ただのキングじゃねぇのかよ!」
「鎧を装備したスライムなんて見たことねぇぞ!?」
餌がなにか騒いでいるが、オレには関係ない。
こいつらの攻撃は痛くもかゆくもないし、魔法も新たな体が弾く。
そうだ。
あの身を引き裂かれた痛みに比べれば、何にでも耐えられる。
沸々と黒い炎が燃え盛る。
あの黒髪の人間。
オレにとっては他と変わらぬ餌だった。
しかし、ヤツは……ヤツはぁぁぁぁぁああ!!
「Voooooooo!!」
憎たらしい顔を思い出すと、怒りで頭が狂いそうになる。
今度は殺す。
脚も、腕も、頭も全て喰らい尽くす。
この腹に取り込めたなら、それはとてつもなく幸せなことだろう。
そのためにも目の前の餌を捕食する。
人間を食べれば食べるほど、こいつらの言葉がわかるようになった。
知恵だけじゃない。
感情を知り、どうすれば人間が嫌がって死ぬのかも理解できた。
オレは強くなっている。
間違いなく産み落とされてから今が最強だ。
「Vaaaaaaa!」
体を変形させて鞭のようにしならせる。
強打された餌が足を転がして体勢を崩す。
そうなれば終わり。
捕まえて、毒で犯しながら、喰らう。
「たすけて! たすけぇぇ……」
悲鳴を上げることすら許さない。
耳障りだ。王の前ではただひれ伏せばいい。
食べられるのを待っていることこそが、お前たちの役目だ。
やがて作業と化した行為をすべて終えて、オレは今後を考える。
あの方の命令通りにダンジョンにいる人間はすべて喰らった。
その後は自由にしていいと言われている。
プッとつばを吐くように消化できない異物を吐き捨てる。
積みあがった餌どもの亡骸。
……そうだぁ。いいことを思いついた……。
ヤツは他の人間を助ける人間であった。
ならば、このガラクタの山を見ればどうするのであろう。
オレに怒りを抱くはずだ。
オレを倒さんとダンジョンにやってくるはずだ。
オレを倒さなかった己を責めながら。
「VrVrVrVrVrVrVr!」
歪むヤツの顔を想像しただけで愉快だ。
やるべきことは決まった。
慌てることはない。
英気を養ってから、ヤツを迎え撃つ。
ぐちゃぐちゃになったあの男の姿を思い浮かべながら、オレは眠りについた。
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