第7話

「まあまあの飲み込みの良さじゃの。」


 俺の修行は苛烈を極めた。なぜならこのじいさん本当にめちゃくちゃなのだ。俺は動きを見て教えてもらうよりも技術を細分化して教えられるほうが好きなのだ。このじいさんの教え方は俺の好みに反している。

 しかしそれでも腹立たしいことに俺は少しずつ技術を吸収しつつある。認めたくないがこのじいさんは教えるのが得意らしい。やり方は本当に認めたくないが。


「それじゃ一旦休憩にするかの。体が疲れなくても心は疲弊するからの。」


「はい。ありがとうございました・・・」


 俺はそれだけ言うとその場に倒れ込んだ。意識はあるが瞼が重い。このまま眠れたらどれだけ気持ちいいだろう。しかしそれは許されていない。じいさんが休憩と言ったならそれはあくまで休憩なのだ。眠っていたならばすぐさま体を真っ二つにされてしまう。これは体験談だ。

 黄泉の世界には時間が流れていないのでどれくらいの日数が過ぎたのか詳しいことは分からないが、体感一年近くは過ぎていんじゃないだろうか?とにかく長いこと俺はここで修行の毎日を送ってるってことだ。


「コウヤ。休憩中か?」


 俺が先程まで教えられていたことについて反芻していると声がかかる。


「ユベラか。そうだよ。今日もなんとかついていこうと努力してるよ。」


「さよか。最初はどーなるか思ったけど、なんとかなるもんやな。」


 最初は本当にひどかった。ただただ何もできずに切られる毎日。それから少しずつ運足を発見し、その次は体軸の動かし方を発見し、全ては先の先の取り合いだと学んだのだ。


「あのじいさん何も教えてくれないからな。最初は本当に苦戦した。苦戦どころか戦いにすらなってなかったな。」


「それはさすがにしゃーないで。アルは元の世界で最強やってんから。」


「今ならその言葉も納得できるよ。」


 アルベルト・ダイナー候爵。ダイスさんたちにこの世界の常識を聞いたとき、この人の名前が出てきたのだ。

 この人の残した功績は人類にとって偉大なものばかりだ。街を救った回数は数えきれず、一つの街に一回はダイナー候爵に救われた歴史があると言われるほどだ。

 ダイナー候爵は魔王討伐回数も歴代最高だ。それも勇者を差し置いてだ。基本的に魔王は各人間国家から派遣される勇者が討伐に向かうのだがダイナー候爵はそんなものお構いなしに魔王が現れたと聞くと単身そこに乗り込み討伐してしまうらしい。

 そんなダイナー候爵のいた国家というのが何を隠そう俺の生活していたバーデン王国なのだ。数百年も昔の英雄にこうして教えてもらえるのは贅沢にほかならないんだよな。

 バーデン王国はそんなダイナー候爵の力を使って覇権国家になったかというとそんなことはなかった。元々人間の住む中央大陸の南側半分近くを治めている巨大国家であり、領地拡大にそこまで興味がなかったこともある。それにその当時の王が歴代でも指折りの賢王だったのだ。今よりも魔王が多く誕生していた時代。人の間で戦争している場合じゃないことに気づいていたのだ。

 だからこそ今でも魔王が新しく現れたとき、人間国家のまとめ役はバーデン王国なのだそうだ。いや、偉大な王の話ってのは聞いてて清々しい気持ちになるね。愚王の話程聞いてて心苦しいものはないからな。


「コウヤー。休憩おわりじゃぞー。」


「わかりましたー。ユベラ、じゃ行ってくるわ」


「残りも頑張ってき!」


 そして俺は偉大なじいさんのもとに走って向かった。


「なぁコウヤ。そろそろお前にも攻撃を教えようと思うんじゃ。」


 俺はその一言に思わず目を丸くする。追先ほどまで「まだまだじゃあ!」とか言われていたのにこの数分でどんな心境の変化があったのだろうか?俺は思わず疑り深い目を向ける。


「そんなに疑わんでも良いじゃろ。じじいちょっと悲しいぞ。」

「いや疑うなって方が無理ですよ。」


 そう言うとじいさんはオーバーリアクションに肩をすくめため息をつく。いちいち人の腹が立つようにしか行動できないのかこのじいさんは。


「それもそうじゃの。人を疑うように訓練したからの。でも今回は本当じゃ。これにはしっかりとした理由があるんじゃ。」


「理由ですか?」


「そうじゃ。まず一つ。わしの攻撃技を教えるに値する剣筋に達したこと。まだ達しただけじゃから、これからも基礎訓練を欠かすでないぞ?二つ目は今のコウヤの防御の技術に限界が来たこと。この二つじゃ。」


 俺はそう言われて納得する。それと同時に限界が来たと言われ落胆した。なぜかは分からないがこの世界に来てから俺はなんの限界もなく頑張れば頑張るだけできるようになる気分になっていた。

 だからこそ俺は世界の真理を忘れていたのかもしれない。人は生まれながらに平等じゃないと。才能による優劣が存在しているのだと。

 俺が見るからに落ち込んでいるとじじいは焦ったようにフォローを始めた。


「まてまて、この限界について勘違いしとる。言い方も悪かったの。今のコウヤの身体能力の限界じゃ。まだ魔物を狩ってないコウヤには教えても無駄な技術があると言うだけじゃよ」


 俺はほっとした。なぜか自分が肯定されたような気分になれた。


「コウヤ。わしの流派は攻防一体。攻撃によって敵の先手を潰すこともある。じゃからこれからお主にはワシの秘伝を教える事になる。ここからはさらに厳しくなるじゃろうがそれでも良いか。」


 言葉とともにじいさんからの圧力が増していく。俺は思わずその圧力に潰されそうになるがそれをグッとこらえ、じいさんの目を睨み返した。

 するとじいさんはにやりと笑を浮かべる。


「安心せい。ここでの修行は死なぬ。今までも超特急できたがそれをお前は超えてきた。お主に才能があるかどうかなど関係ないのじゃ。わしの修行を超えてきた。これが事実なのじゃ。」


 それ以上の言葉はいらなかった。今まで何事も中途半端。やっては諦め嘘をつき言い訳を繰り返してきた。そんな俺が今から何かを成し遂げようとしてる。


「じいさん。よろしくお願いします。おれは強くなりたいんだ。目指すなら一番。一番なんてとったことないけど。男の子ならい一回くらい目指してみなきゃだろ?」


「ほっほっほ。お主も言うようになったもんじゃ。そういうのワシ嫌いじゃないからの。」


 気づくと俺の顔にも笑みがこぼれていた。こんなにも胸を打つ瞬間があっただろうか。全て死ぬ前に感じるべき感情だったはずだ。ほかの人たちは死ぬ前にこんな体験してるんだろうか。それはそれで羨ましいな。


「あ、そうそう。ここから先の修行を受けるわしの弟子ってコウヤが初めてじゃから。生前の弟子は結構おったがみんな途中で逃げ出したんでの。力加減間違ったらすまんの。まあ死なんから良いか。」


 ダメだやっぱりハチャメチャじいさんだ。さっきまでの感動を一旦返して欲しい。この場面だけカットしてから修行を始めたいくらいだ。


「そんな顔をするでない。先程までの気合の入った顔はどこに行ったんじゃ?」


 ・・・・

 じいさんはほれほれとジェスチャーをかましてくるがそれが余計に腹立たしい。


「全部じじいのせいだろうが!!!!」


 結局俺とじじいの関係はこれぐらいで丁度なのかもしれない。さっきまでの少年漫画みたいなノリは俺たちには似つかわしくないのかもしんないな。


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